著者
田中かの子
出版者
埼玉県立大学
雑誌
埼玉県立大学紀要 (ISSN:13458582)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.103-123, 2011

健康被害をきたしやすい自然環境のもとで生きるインドの人々は古来、死すべき生命の定めに順応しながらも、今生においていかに生きるかの実践哲学を種々に考案してきた。現代インドにおけるその実態を観察するうえで、筆者がボランティア活動をしていた病院での生活は、きわめて示唆に富むものであった。入院患者どうしの相互扶助の精神、多人種、多言語、多宗教の日常における他者理解の柔軟性、病室でも充実しうる祈りの時間、素直に本音をぶつけあえる人間関係、延命治療よりも帰郷して余命を生きる幸せを求める態度など、日本の社会では得難い学びの機会を集約した世界である。以上の観察記録を、アメリカ社会で全人的な統合医療を展開した先駆者たちの活動と比較しながら総覧すると、インド社会におけるコミュニティ意識の強さが際立ち、死を生から切り離して身構える欧米人の死生観との相違が明らかになるが、生きようとする意志の崇高さは、普遍的である。