著者
今中 鏡子 加藤 集子 川野 純子 田方 真由美 畠山 敏慧
出版者
広島文化学園大学
雑誌
広島文化短期大学紀要 (ISSN:13483587)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.7-25, 2006-08-07

M施設から「五升炊きガス炊飯器でおいしいご飯が炊けないので,調べて欲しい」という相談をを契機として次の三つの差について実験を行った.加熱過程の差による炊飯米組織形態の比較,品種の差による炊飯米組織形態の比較,釜の差および炊飯量の差による炊飯米組織形態の比較である.(1)実験1 加熱過程の差による炊飯米組織形態の比較では,(1)適正加熱過程(2)早い沸騰加熱過程(3)沸騰遅れ加熱過程(4)早い沸騰熱不足について観察した.その観察結果とM施設炊飯米組織(図3-a)とを照合すると「早い沸騰熱不足」の組織(図3-e)と類似した.M施設の炊飯器は1時間かかって炊きあがるが,実際は浸漬を兼ね低い温度から徐々に加温,その後急激に加熱して4〜7分の間に沸騰し,余熱が無いため98℃以上の適温が保てず温度が下がり,おいしいご飯は炊けない.この組織は膨潤しきれない多角形のデンプン粒(S)や間隙が多い芯状の形態が観察された.(2)実験2 品種の差による炊飯米組織形態の比較では,釜内部をガーゼで仕切り,次の四品種の米を同時炊飯し,実験1と同様に適正加熱過程,早い沸騰加熱過程,沸騰遅れ加熱過程について観察した.試料は(1)新潟県産コシヒカリ(2)岩手県産ひとめぼれ(3)岩手県産あきたこまち(4)広島県産中生新千本(なかてしんせんぼん).1)四品種の比較 比較しやすいので,やや早い加熱後7分沸騰98℃以上20分間経を過した炊飯米組織を900倍で観察した.コシヒカリの細胞内に手まり状のデンプングループ(SG)があり,この中に膨潤したデンプン粒(S)がある.大きなものでは直径8μm前後であるが(図8-a),加熱前の米デンプンでは2〜5μmと小さい.コシヒカリのデンプン粒は,多角形でありデンプン粒と粒との間隙がグループの周辺部まで鮮明であった.ひとめぼれの組織は,コシヒカリに最も似た形態を持っていた(図8-b).あきたこまちは,ややコシヒカリに似ているが,グループ周辺部のデンプンは境界の鮮明さを欠いていた(図8-c).中生新千本はデンプン粒はコシヒカリのように,はっきりした多角形ではなく,グループ周辺部のデンプン粒は密着して観察された(図8-d).同じ釜内部で同じ温度過程を経たにもかかわらず特にデンプン粒に形態の差が見られた.2)コシヒカリの澱粉粒配列コシヒカリでは,グループ内のデンプン粒が直線的に並び二段三段と重なり,あたかも石垣のように見える部分が多い(図3-c,図8-a,図9-a,c,e,図13-a,b,c,f,図,図14-b,c,e).他の品種では,グループの中心から弧または円を描くような粒の配列が観察され,直線的な配列があっても二段三段と重なる構造はみられない.3)単粒の可能性 図12の米デンプンの偏光顕微鏡像は,川上による「形成中心を中心とした黒い十字が認められる」ことや図8-a,図13-bコシヒカリのデンプン粒と粒との鮮明な間隙が,米デンプン粒を覆う膜または隔壁の存在を示唆し,単粒である可能性を示している.一方米デンプンはグループ単位で形成され,これを複粒と言えば複粒であり,残された課題である.4)加熱過程と炊飯米組織形態との関係一覧今回の観察結果をまとめると表1のようになる.炊飯加熱過程ごとに細胞壁,デンプングループ,デンプン粒,加熱が進むと現れる動向性,沸騰が遅れると大量に生じるねばについて整理した.炊飯米の組織形態は部分によって様々な形態があり個体差もある.すなわち本実験結果として掲載した図(写真)はその平均的な部分を選んでいるが,米粒中心部分の写真を得れば表1から炊飯過程の推察はほぼ可能である.また熱による組織形態変化の速度が米により微妙に異なるので,厳密な表を完成するにはさらに品種別の観察が必要である.例えば適正加熱過程コシヒカリ図9-cに動向性は見られないが,図9-dの中生新千本ではところどころに出現しているなど中生新千本の方が熱の影響を早く受けやすい.(3)実験3 炊飯量および釜の差による炊飯米組織 形態の比較 1)適正炊飯過程による各種炊飯組織形態の類似釜の種類や少量大量の炊飯量にかかわらず適正加熱した場合であれば,米粒の組織形態は類似しているのではないかと予測し,(1)家庭用R社五合炊きガス炊飯器により米420gを適正加熱した米粒(図13-a,b)(2)病院給食A社縦型炊飯器内釜で米3kgを適正加熱した米粒(図13-c)(3)工場給食ライスボイラーで大量の米28〜40kgを適正加熱した米粒(図13-e)(4)市販の適正加熱された包装米飯Sb社280g入り米飯を表示通り高周波出力500W電子レンジ3分加熱した米粒(図13-f)(5)冷凍保存米「実験3(1)420gを適正加熱」した試料の一部200gを冷凍保存後(6)電子レンジで高周波出力600W4分間解凍し内部温度80℃になった米粒を観察した.いずれの場合も適正加熱過程を経過しているので,米粒組織は崩壊が少なく,規則性のある好ましい状態の組織形態を維持していた.2)その他の米(1)適正炊飯米蒸らし過ぎ(図13-d)の組織(2)塩飯(3)バターライス(4)粥などの組織形態を観察した.(4)炊飯に必要な必須条件と沸騰時間の範囲 炊飯過程で最も重安な必須条件は「米デンプンの糊化に必要な沸騰後98℃以上蒸らしを含めた20分間の熱量」であり,次に大切な条件は「適正な沸騰時間の範囲」である.1970年代から組織学的に追求してきた局限は,この範囲を求める実験でもあった.今回早い沸騰熱不足を加えて沸騰時間の差,四品種の差,炊飯量の差の実験を通して加熱後8〜15分の沸騰が安全な範囲であることを再確認した.この間の組織はいずれも規則性を保ち細胞やデンプングループの崩壊が少なくデンプン粒は良く膨潤していた.反対に沸騰時間の範囲や米デンプン糊化の時間をおろそかにすると芯の組織が残ったり,デンプングループが崩壊するなど良い状態は得られない.適正な沸騰範囲であっても11分を過ぎる頃から,部分的に動向性が現れるなど微妙な変化が起こり,ご飯の味や食感などに影響する.米デンプン糊化の必須条件を満たす釜であれば,加熱始めの水温を加減することで,主体的に適正範囲で沸騰時間を選び,好みのご飯を得ることができる.以上のことは家庭の炊飯,病院や工場給食の大量炊飯さらに市販の包装米飯の炊飯など,大量少量にかかわらず共通した過程であり「一粒一粒の米が良く炊き上がるために受ける加熱条件」として大切にしたい基本である.本研究にあたり,長年にわたって,食品形態観察のご指導をいただきました理学・医学博士川上いつゑ先生,当時プレパラート作成についてお力添えいただきました田村咲江先生,故和泉公美子先生,また当初から長年にわたり試料と情報をご提供くださいました橋本萬亀雄様,および試料提供と専門的なご助言をくださいました食協株式会社井尻哲様,恵南悦明様,さらに炊飯米試料を提供くださいました穐山宏子様,工場の炊飯実験に熱心にご協力くださいました当時の国鉄広島工場の皆様,その実験過程を克明に記録された頼實由紀子様に心より深く感謝申し上げます.