著者
田村 充代
出版者
千葉商科大学
雑誌
千葉商大論叢 (ISSN:03854558)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.53-70, 2004-09-30

2001年に日本において,いわゆる「クローン人間禁止法」が成立した。クローン羊ドリーの誕生や,その後のクローン人間産生への世界の動きに対して迅速な対応であったと評されるが,その立法過程や背景は明らかにされていないように思われる。脳死,安楽死などの生命倫理問題は,「その他の社会問題」として扱われ,議会においても優先順位の低い問題であり,社会科学の分野における研究が深まることはなかった。公共政策という観点からも,また政治学の観点からも見過ごされてきたこの生命倫理に関する問題群を研究対象として改めて発見し,功利主義や実用主義によっては根拠を与えることのできない問題をどのように決定することができるのか,という可能性を論じたい。この論文においては,まず日本でクローン人間を産生することを禁じる規制がどのような過程で形成されたのか,という事実関係を明らかにする。その上で,諸外国の規制の状況を俯瞰し,その立法課程,あるいは規制の成立過程を調査することによって,国際比較を行う。日本における生命倫理,特にクローン人間問題に関する決定のアクターは誰なのか,どのような構造的問題があるのか,文化的背景はクローン人間問題に影響するのか,諸外国における規制にはどれほどの差異があるのか,国家の枠組みを超えた決定は可能か,などといった問題に取り組み,できる限りの解答を出したいと考えている。この問題を対象に政治学的な考察を行うことによって,どのような決定を行うべきか,という行為を論じることはできないが,倫理問題に対してどのような決定方法があり得るか,という多様な選択肢の提示をすることができると考える。特殊な問題の取り上げ方ではあるが,その分析視覚や決定方法の多様性についてこの分野における議論を活性化させ,新しい問題群を政策過程研究の場に定着させたいと望んでいる。