- 著者
-
田渕 理史
- 出版者
- 日本比較生理生化学会
- 雑誌
- 比較生理生化学 (ISSN:09163786)
- 巻号頁・発行日
- vol.32, no.3, pp.118-131, 2015-09-01 (Released:2015-09-16)
- 参考文献数
- 70
アルツハイマー病は最も一般的な認知症の原因疾患であり,記銘力障害を伴う神経細胞の機能不全を誘発し,最終的には患者に死をもたらす。これまでの研究からアミロイド前駆体蛋白質の部分的切断から生成されるアミロイドβ蛋白質がアルツハイマー病の発生及び進行に重要な役割を担っているという「アミロイドβ仮説」が提唱されているが,近年,「睡眠不足」がアルツハイマー病の進行を促進させるという報告があり,大きな注目を集めている。しかしながら,睡眠がどのようにアルツハイマー病に関与しているかについては未だよく分かっていない。今回,我々は睡眠剥奪によるアミロイドβ蛋白質の増加は睡眠剥奪によってもたらされる神経細胞の「過剰興奮」が原因であることを,ショウジョウバエを用いて明らかにした。まず,睡眠剥奪とアミロイドβ蛋白質は神経細胞に相互作用し,過剰興奮を誘発する特性があることをショウジョウバエの網羅的な行動実験と電気生理実験によって見出した。次に,アミロイドβ蛋白質の蓄積と睡眠剥奪はそれぞれが異なるタイプの電位依存性カリウムチャネルのコンダクタンス低下を引き起こすことで,神経細胞の過剰興奮を誘発していることを見出した。最後に,アルツハイマー病モデルのショウジョウバエに神経細胞の興奮抑制効果がある抗てんかん薬であるレベチラセタムを投与することによって神経細胞の過剰興奮の抑制及びアミロイドβ蛋白質の蓄積量の減少が起こることを見出し,さらにはアルツハイマー病ショウジョウバエの短命な寿命を引き延ばすことが出来た。これらの結果から,睡眠の欠如は神経の過剰興奮を介してアミロイドβ蛋白質の蓄積を促進させることが明らかとなり,アルツハイマー病の進行遅延のために神経の過剰興奮を防ぐことが有効である可能性が示唆された。