著者
田野 武夫
出版者
拓殖大学人文科学研究所
雑誌
拓殖大学論集. 人文・自然・人間科学研究 = The journal of humanities and sciences (ISSN:13446622)
巻号頁・発行日
no.41, pp.1-11, 2019-03-15

ヘルダーリンとのカントとの関係は,シラーの美学論構想に倣った「カントからの踏み出し」,すなわち『判断力批判』の実践部門としての美的教育論構想という側面を持っている。弟宛の書簡において,ヘルダーリンがカント的「思弁的哲学」の重要性を指摘しながらも,さらにその高次の段階として「詩文」(ポエジー)の重要性を説いている点にもその傾向を見ることができる。しかしヘルダーリンにおけるカント哲学の意義をポエジーの前段階のみに位置づけることはできない。彼は1795年のヘーゲル宛ての書簡において「カントが自然の仕組を(従ってまた運命の仕組を),自然の合目的性と結合するしかたには,真に,彼の体系の全精神が含まれている」と述べており,自然の合目的性にカント哲学の本質を見ていた。これがヘルダーリンの後期詩作にも反映されている。例えば,カントの『永遠平和論』等に見られる自然の目的論的進行,すなわち戦争や闘争を経ての高次の平和的段階への移行は,『宥和するものよ…』や『平和の祝い』等のヘルダーリンの後期の詩作に描かれる平和への行程と本質的に一致している。また共和制への共鳴という点にも,両者の類似性を見ることができる。これらの点から,ヘルダーリンにおけるカント哲学の存在は,自然の合目的性という点において,彼の後期詩作の世界像の一端を担う重要要素であったということができる。