著者
矢野 一行
出版者
一般社団法人 日本温泉気候物理医学会
雑誌
日本温泉気候物理医学会雑誌 (ISSN:00290343)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.108-119, 2014-02-28 (Released:2014-06-26)
参考文献数
23

私たちは放射能泉を利用することによって低線量被曝を受けることになるが、この程度の被曝は免疫細胞を活性化するのでからだに良いと宣伝され、広く信じられてきた。しかし福島第一原発事故以降、放射線の健康への影響を、どのような低線量被曝でもからだに害を及ぼすとする「LNT仮説」で説明されるようになり、放射能泉による低線量被曝に関しても再考の必要に迫られている。  放射能泉には不明な点が多く、温泉治療に利用されている低線量被曝がからだにとって益なのか害なのかを示す決定的な証拠は得られていない。この点を明らかにすることは放射能泉の温泉医学的効果を立証するうえで避けて通れない課題の一つである。  本説では、最初に放射能泉を正しく理解するために必要な基礎知識を整理する。次にわが国の代表的ないくつかの放射能温泉地から入手した温泉分析書に基づき、これらの温泉水に含まれている有効成分について比較検討する。  続いて放射能泉の本質的作用成分であるラドンの性質、ラドンによる被曝、ならびにラドン被曝で発生する活性酸素について整理する。また、欧米諸国で広く知られている住居内でのラドン吸入による肺がんのリスクにふれ、これらの国で得られたデータを基にわが国の放射能泉でのラドン吸入による肺がんのリスクについて考察する。  さらに、がんの根本的原因はDNAの損傷にあるので、その損傷の度合いを示す酸化的DNA損傷マーカーである8-ヒドロキシ-2’-デオキシグアノシン(8-OHdG)について説明し、尿中に排泄される8-OHdGが放射能泉の医学的効果を検証するための一つの指標としての可能性を検討する。  最後に、以上を総合して放射能泉の温泉医学的効果を検証するための実験系の構築に関して提案する。
著者
矢野 一行
出版者
一般社団法人 日本温泉気候物理医学会
雑誌
日本温泉気候物理医学会雑誌 (ISSN:00290343)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.207-214, 2013-05-29
参考文献数
12

&nbsp;&nbsp;東京周辺にはボーリングで地下深く掘り、地温勾配による熱源で温められた深層水を汲み上げ、さらに、加温した新しい温泉が次々と誕生し、天然温泉と称して一般に広く利用されている。しかし、これらの温泉の医学的効果が古くから知られている火山性温泉に比べてどの程度のものであるか等の客観的評価については不明である。<BR>&nbsp;&nbsp;そこで、これらの点を明らかにするために、ナトリウム&mdash;塩化物泉として東京-Aと熱海温泉、ナトリウム&mdash;炭酸水素塩泉として東京-Bと鳴子温泉を選び、それらの温泉からランダムにインターネットを通して温泉成分表を入手し、それぞれの温泉水に含まれている成分を比較することで検討した。<BR>&nbsp;&nbsp;東京23区内の温泉はいずれも非火山性温泉であるので、火山性温泉に特有の硫黄化合物や二酸化炭素のような薬理作用の知られている成分の含量は少ない。また、これらの源泉の温度が低いため入浴には加温する必要があり、湧出後のこれらの操作による温泉成分の劣化は避けられない。これらのことより、東京の温泉(-A, -B)に火山性温泉と同様の薬理効果を期待することはできない。しかし、多量の海水成分を含む東京-Aには温熱、浮力、静水圧などによる物理的効果は期待できるが、炭酸水素塩以外の成分が殆ど含まれていない東京-Bではこの効果も少ない。<BR>&nbsp;&nbsp;さらに、大都会の真っただ中にある東京の温泉に熱海温泉のタラソセラピーや鳴子温泉の森林浴のような環境因子(自然&middot;気候)の変化によってもたらされる変調効果を期待することにも無理がある。<BR>&nbsp;&nbsp;温泉の医学的効果の本質は、活性酸素の産生を抑え、その働きを抑制するとともに、活性酸素等によって傷んだ組織を修復し、修復不能の細胞は分解&middot;除去することで、健康を取り戻すことにあると考えられる。これらの点からして、東京の温泉にはそれなりの癒し効果はあるものの古くから知られている火山性温泉のような医学的効果を期待することはできない。
著者
矢野 一行
出版者
一般社団法人 日本温泉気候物理医学会
雑誌
日本温泉気候物理医学会雑誌 (ISSN:00290343)
巻号頁・発行日
vol.79, no.3, pp.176-190, 2016-10-31 (Released:2017-03-10)
参考文献数
29

温泉医学の先進国であるドイツを中心としたヨーロッパ諸国では科学的根拠に基づいた温泉治療が専門医を配置した温泉病院や医療施設で広く行われている.一方,世界でも類をみない温泉大国のわが国では,温泉は湯治や,観光,レジャーなどによる“気分”的利用が中心をなし,温泉を科学的に究明し,近代医療の相補療法(Complementary Medicine)として活用し,国民の健康に役立てようとする総合的な取り組みはなされていない.  限られた小面積の伊豆半島には,海底火山,陸上複成火山,そして単成火山,それぞれの時代の地層がモザイク的に分布し,それらの地層にはさまざまな泉質の温泉が散在している.このような場所は世界でも珍しく,温泉の本質を科学的に究明するには最適な場所と考えられる.そこで,これらの温泉地を訪れ入手した情報を基にそれぞれの温泉の特性を明らかにし,今後の温泉研究の方向性を示すことを目標とした.  今回調べた伊豆半島の温泉は,弱アルカリ性かアルカリ性の硫酸塩泉,塩化物泉,単純温泉の3種類であり,非火山性温泉には珍しく,殆どが高温泉である.西伊豆・中伊豆の古い地層の硫酸塩泉の起源は海底火山によるグリーンタフ(Green tuff)岩石中の硬石膏によるもので,基本成分である硫酸イオンの濃度は非常に高く,高い薬理効果が期待される.また,塩化物泉には,東伊豆の地下深部のマグマの熱源による海洋水の熱水対流系で形成された温泉と,南伊豆の地下深部の熱水に地表付近で海洋水が混入した高張性温泉がある.単純温泉は,古い地層の西伊豆・中伊豆では硫酸塩泉の性質,東伊豆では硫酸塩泉と塩化物泉の性質,南伊豆では硫酸イオンの量は少ないが,相対的に炭酸水素イオンや炭酸イオンなどの割合が増え,それぞれ特徴のある性質の温泉になっている.  伊豆半島のこれらの温泉を活用し,温泉医学の確立を目指すには,下記の研究課題の解明が待たれる.(1)特徴ある温泉の源泉と浴槽の温泉水の物理化学成分の直接比較:温泉水の地上に湧出直後から浴槽に至るまでの間に変化した物理化学的性質を検討する.(2)飲泉可能な温泉水に含まれているミネラル成分の定量分析:特に,抗酸化酵素に含まれているミネラル類と日常生活で不足しがちなミネラルを中心に検討する.(3)実験動物やiPS細胞などによる硫酸塩泉の薬理効果の指標の作成:硫酸塩泉のそれぞれ陽イオンと陰イオンの組み合わせによる薬理効果を動物や細胞等を用いた客観的指標で評価する.(4)高張性塩化物泉の浴用によるセシウム137とストロンチウム90のデトックス効果の検討:福島第一原発事故や廃炉関連の仕事で被曝した人が,これらの放射性元素の同族元素を多く含む温泉に入浴することによって,放射線被曝を軽減できるかどうかを検討する.(5)単純温泉の浴用による医療被曝障害の予防効果の検討:わが国は放射線診断や放射線治療による医療被曝障害が非常に高い国であるので,入浴によってこの被曝障害を予防・軽減できるかどうかを検討する.