著者
石堂 常代
出版者
教育哲学会
雑誌
教育哲学研究 (ISSN:03873153)
巻号頁・発行日
vol.1974, no.29, pp.54-60, 1974-05-15 (Released:2010-01-22)
参考文献数
25

「諸科学の教育科学への寄与」という多面的かつ総合的なテーマを掲げて開催された国際教育研究推進協会International association for the advancement of educational researchパリ会議 (一九七三・九・三~七) は、大半の参加者が仏語圏研究者であった理由から、現代フランス教育学研究の動向を知るにも好個の機会であった。フランスの教育学研究については以前よりその傾向の益々科学的なることに注目していたが、ここでその判断を再確認すると共に、其の後の見聞を通して一つの概観を得たように思われるので、教育哲学研究の今後のあり方を考えるという意味を含めて、ここに総括してみたい。
著者
石堂 常代
出版者
教育哲学会
雑誌
教育哲学研究 (ISSN:03873153)
巻号頁・発行日
vol.1969, no.19, pp.47-61, 1969-05-15 (Released:2009-09-04)
参考文献数
69

当稿は現代フランスの教育哲学者、教育史家として評価されているルネ・ユベールRené Hubert (一八八五~一九五四) の教育理論において、その理論構造の基盤となっている人間観を、思想史的立場からではなく、むしろ人間それ自体を探究することに主眼をおいて考察したものである。ユベールが教育にこそその実現化の仕事を託した「人間の使命」la destinée de l'hommeに幾分なりと近ずいてみることがねらいである。ユベールは大学教授並びに学者、即ち「思索の人」l'homme de réflexionとしての生涯を、ほとんど教育問題にささげた。戦前の著作のうち教育学的に特に注目されるのは、一九三八年に出された『道徳論叙説』Esquisse d'une doctrine de la moralité.Vrin. Parisであるが、戦後ストラスブール大学区長官recteur de l'Université de Strasbourgに任ぜられるや公刊された『一般教育学概論』Traité de pédagogie génèrale P. U. F. 1946 は、彼の哲学体系の総決算ともいうべきものであり、首尾一貫した理論的構成をもって統制されている大著である。さらにこの著の中に包括されている教育の社会学的考察は、後年、教育制度史と教育理論史の二本立ての構成をとってまとめられた『教育史』Histoire de la pédagogie P. U. F. 1949となって詳論され、又教育の心理学的考察は、同年公刊された『精神発達』La croissancementale P. U. F. Tom I : L'enfance II : L'adolescenceの中に展開されているのである。これら戦後の三著作は、ユベールを教育学史上閑却すべからざるものとしている。ユベールの人間観を考察するにはもとより彼の全著作に言及する必要があるけれども、ここでは研究の不備もさることながら、以上のような関係からして特に『一般教育学概論』を中心に進めていきたい。一体「人間とは何か、そして人間はいかにあらんと欲するか」Qu'est l'homme, et qu'aspire-t-il à être?という問題が、根本的に教育の問題であることをユベールは強調する。それは教育の「目的」la finを問うことであり、即ち「人間の使命」を問うことである。ユベールは『教育史』の結語として次のように述べる。「プラトンの時代においても、ルネッサンスの世紀においても、ルソーの時期においても、教育の問題は人間の使命の問題に他ならず、自然の中にある人間の使命、社会の中にある人間の使命、精神に則している人間の使命の問題である。」それはまた「生存の中にある存在の法則」la loi de l'être dans l'existenceを攻究することである。人間が生きているexisterということはどういうことなのであろうか。かような自明すぎる、それでいてまったく不可解な根本的問題に、ユベールは、科学scienceが十分な答えを提起できないと指摘する。「科学、それは生物学にせよ、社会学にせよ、心理学にせよ、現に在るものce qui estしか明らかにしようとしないし、いかに在るべきかce qui doitêtreということをば、決して明らかにするものではない。」このことは、しかし乍ら、ユベールが科学に対して評価を軽視しているというのではない。それどころかドゥベスDebesse教授も述べているように、ユベールの教育学は科学の帰結に堅固に結びついているのであり、哲学と科学の特性を考慮した上で、次のごとく両者の関係を説いているのである。「哲学の役割は科学の帰結を侵害することではなく、又科学を自らの方策でもって導くことでもない。哲学は既得の諸帰結から結論を引き出して、新たな探究の仕事に仮説を提示する。しかし科学が僕なのではない。科学もまた十全な自律性を有している。科学的観察の領域と、哲学的反省の領域との交流は、前者を犠牲にして生じるはずはない。」それ故に、哲学は他の何よりもまさって科学的思考の独立性を評価するものであると、ユベールは述べているのである。従ってユベールの人間探究は、科学的思考の帰結をふまえた上での超科学的trans-scientifiqueな方法をとる。これ即ち、「批判哲学」la philosophie critique の立場である。