著者
福冨 雄一 越川 滋行
出版者
日本蚕糸学会
雑誌
蚕糸・昆虫バイオテック (ISSN:18810551)
巻号頁・発行日
vol.87, no.2, pp.95-102, 2018-08

昆虫の体表の模様には様々なパターンが存在している。それらのパターンには警告色や擬態,天敵に対する威嚇といった重要な機能を持つものがある。例えば,ハチの黄色と黒色の縞模様やナナホシテントウの翅の模様は,捕食者に対して危険である,または有毒であることを示して捕食を避ける警告色としての機能があると考えられている。また,スズメバチやアシナガバチで模様が似たパターンになっていたり,南米のドクチョウ属(Heliconius属)では毒のあるチョウ同士の翅の模様が類似したりしており,これらはミュラー型擬態としての機能があると考えられている。さらに,毒を持っていないトラカミキリがスズメバチに似た体表の模様を持っていたり,毒のないシロオビアゲハのある型では毒のあるベニモンアゲハと同じ翅の模様を持っていたりしており,これらはベイツ型擬態としての機能を持つと考えられている。チョウやカマキリをはじめ,様々な分類群の昆虫に見られる翅の眠状紋は,天敵を威嚇する機能があるという説もある。これらの多様なパターンはどのように進化してきたのだろうか。これまでに様々な昆虫を用いて模様形成メカニズムの研究がなされてきた。その背景には,模様という形質が平面上に展開されていて表現型の解析がしやすいという利点がある。そのため,昆虫の模様は形態進化の至近要因を研究する上で中心的な題材のひとつとなった。ショウジョウバエの腹部と翅の模様や,チョウの翅の模様などをはじめとして,様々な材料を用いた研究が行われてきた。その結果,模様形成をコントロールする遺伝子として,転写因子やシグナルリガンド(分泌因子)をコードする遺伝子が同定されてきた。また,それらの遺伝子のcis制御領域の解析が進められ,その領域における変異が模様の多様性を生み出すのではないかと考えられた。現在,模様が形成される場所や範囲,領域がどのように決定されるかについてのモデルが複数提唱されている。今後は模様が形成される場所や範囲,領域が決定される分子メカニズムを実験的に明らかにするべきであろう。本稿では,模様形成研究の現在までとこれからについて述べていきたい。昆虫の模様形成の仕組みを大きく二つのステップ,すなわち制御関係の上流にあたるパターン形成と,下流にあたる着色の形成に分けて考えるとすると,本稿では主に上流にあたるパターン形成に重点を置くことになる。