著者
徳留 美香 久津輪 真一 福留 里奈 橋口 一英
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.140, 2016 (Released:2016-11-22)

【はじめに】視野障害を呈した患者の自動車運転再開に対する、一定の評価方法は確立されておらず、積極的な報告も少ない。今回、両眼複視を呈した症例を担当し、神経心理学的検査、視野検査、自動車学校での実車評価を実施し、最終的に自動車運転再開となり職場復帰も果たすことができた。問題点の具体化や的確な助言を行う上で貴重な体験となり、その関わりを考察を踏まえて報告する。なお、本報告について本人に説明し同意を得ている。【症例紹介】20歳代女性。小脳橋角部腫瘍により、腫瘍全摘出手術を行い、右外転神経麻痺(両眼複視)を呈する。職場復帰を目的に当院入院となるが、職場復帰には自動車運転が不可欠である。運転歴10年で無違反、物損事故歴あり。通勤は15分程度だが、通学路を通ることや早朝や深夜に運転を行うこともある。【神経心理学的検査と視野検査】かなひろいテスト91.8%、TrailMakingTest-A42秒、TrailMakingTest-B64秒、コース立方体組み合わせテストIQ119、Rey複雑図形検査模写36点、Rey複雑図形検査再生36点であり、当院で定める自動車運転再開の基準値を満たしていた。道路交通法規則第23条では「一眼の視力が0.3に満たない、若しくは一眼が見えない場合は、他眼の視野が左右150度以上で、視力が0.7以上」となっている。眼科医からは単眼での視野は正常で、右眼に眼帯を使用し左眼のみの単眼であれば運転も可能ではないかとのコメントを得た。しかし、蒲山ら(2009)によると単眼視では両眼視と比較して、先行車との車間距離を速度に応じて適切に保持することができない可能性があるとの報告があり、症例も単眼の視野は保たれているものの、日常生活やリハビリテーション場面で単眼では距離感が掴めず、症例・家族ともに不安を感じていた。単眼での運転が安全なのか、あるいはどのようなリスクがあるのかなど不透明な部分が多く難渋している状況であった。そこで、自動車運転に関する研究会での意見交換、運転と認知機能研究会の藤田佳男氏からの助言を元に実車評価による評価が必要であると判断し、自動車学校での実車評価に至った。【実車評価】実車評価ではブランクがあったものの予測していた危険な運転は見られず、走行速度を落とした安全な運転であった。しかし、右折時に頸部の代償動作で死角を補うこととなり安全確認に遅れが生じたり、疲労も感じている様子であった。症例からは、基本的な運転方法の指導を受けただけでなく、注意点と自己の運転特性を知る経験が出来て良かったとの発言も聞かれた。【考察】法律での基準を満たし、眼科医から運転可能とのコメントを得ていても単眼での運転は視野の制限を生じてしまい、安全確認が遅れることや代償動作を補う運転は疲労を助長しやすく、運転への影響があることがわかった。このような経験は症例に意識的な危険予測、危険回避が可能な速度制限や安全確認がいかに重要かを強く認識させることとなり、本症例に対しての実車評価は意義があるものだったと感じた。今回のように他の医療機関との連携・意見交換や自動車教習指導員の専門的な意見も必要であり、今後は行政などさらに広い範囲で連携したシステム作りが必要であると考える。【倫理的配慮,説明と同意】本研究の計画立案に際し、事前に所属施設(もしくは研究協力施設)の倫理審査員会の承認を得た(承認日平成28年4月7日)。 また研究を実施に際し、対象者に研究について十分な説明を行い、同意を得た。 製薬企業や医療機器メーカーから研究者へ提供される謝金や研究費、株式、サービス等は一切受けておらず、利益相反に関する開示事項はない。