- 著者
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秋吉 亮人
- 出版者
- 麻布大学
- 巻号頁・発行日
- 2017-09-30
【緒言】犬・猫における慢性肝疾患には血管異形成・肝炎・腫瘍など様々な疾患が報告されている。犬においては、しばしば持続性の肝酵素上昇の症例が見られ病理組織検査の結果、原発性門脈低形成(PHPV)と診断される。PHPVにおいては後天性門脈体循環側副血行路(APSCs)の発現を伴うPHPVの発生例も報告されており、APSCsを伴うと肝機能が不可逆的に重度に低下するため、早期発見・診断が必要である。しかし、現状では本症を迅速かつ的確に検出しうるスクリーニング項目や予後は文献上においても報告されていない。そこで、今回PHPVの症例をスクリーニング検査する上で有用なマーカーの検討と、予後調査を行った。また、猫においては、肝リピドーシスが多く発生しており、基礎疾患に併発して発生する二次的な肝リピドーシスが大多数を占める。しかし、リピドーシス自体に対する特異的な治療はなく、栄養療法主体で時にはリピドーシスの改善に数週間以上を要することもあり、難治性疾患である。犬と猫で動物種は異なり、病態の発生要因は異なるが、これらの疾患は、病理組織学的変化の共通事項として肝細胞がグリコーゲン変性や脂肪変性を起こし、肝機能が著しく低下し重篤化することが挙げられる。現在、肝細胞の変性に対する特異的な治療薬は存在しない。そこで、肝細胞の変性自体に特異的な治療薬の検討を猫の肝リピドーシスに対して行った。【第1章】犬のPHPVにおける臨床病理学的検討1.目的本研究の目的は、現在までに報告されていない犬のPHPVにおける早期診断に有用なスクリーニング検査項目の検討および本疾患の予後を調査することである。2.材料・方法一次診療施設(一般開業動物病院)において、血液化学検査によりALT・AST・ALP・GGTなどの肝酵素上昇、BUN・TCHO・Glu・Albなどの減少、あるいはT-Bil・NH3の増加などいずれかの異常が2カ月以上認められ、かつ利胆剤、抗生物質など標準治療に反応せず、組織検査により確定診断された犬52頭を対象とした。腹部X線、腹部超音波、TBA測定、CBC、血液凝固系検査(PT・APTT・Fib・ATⅢ)を複数回実施した後、開腹下肝組織生検を3葉において行い病理組織検査を実施した。結果は、多重ロジスティックス解析により統計処理を実施し、P値0.05未満で有意差ありとした。生存期間はPHPVと診断された症例において病理検査の診断日を開始日として算出した。3.結果PHPVと診断された個体は30頭で、他の22頭は腫瘍性疾患、炎症性疾患、門脈シャント等様々であった。PHPV群30頭と非PHPV群22頭に分け解析したところ、TBAのPHPV検出感度は33.3%(10/ 30頭)、特異度は40.9%(9/ 22頭)、血漿Fib濃度の検出感度は66.6%(20/30頭)、特異度は72.7%(16/ 22頭)、超音波検査による右肋間走査におけるカラードプラでの肝動脈陰影の確認の検出感度は56.7%(17/30)、特異度90.9%(20/ 22頭)であった。また、TBA、血漿Fib濃度の両方をマーカーとして用いた場合のPHPVの検出感度は76.6%(23/30頭)であった。統計解析ではPHPV群では血漿Fib濃度の低下(P=0.022)、肝動脈陰影の確認(P=0.015)で有意差が見られた。従来から肝機能検査に特異度、感度共に高いとされていたTBAでは、両群間に有意差を認めなかった。PHPV群の予後調査の結果は、平均観察期間は865.1日、死亡症例は5頭であり、生存期間中央値は得られなかった。このうち10%(3/30頭)が、APSCsによる肝性脳症が死因であった。4.考察今回の研究により、犬の慢性肝疾患としては、PHPVが最も多く30/52(57.7%)であり、これは過去の二次診療施設における報告の29.4%と比較しても上回っており、日本国内で最も多く発生する肝疾患である可能性が示唆された。このPHPVに関しては、血漿Fib濃度測定、超音波検査における肝動脈陰影の確認という2点において有意差がある結果が得られた。従来のTBA検査に、これらの検査を組み合わせることがPHPVの早期発見、早期診断に繋がる可能性が示唆された。予後に関しては、生存期間中央値が得られなかったため、臨床的には良好である可能性が示唆された。しかし、死亡症例5頭中3頭がAPSCsを引き起こし、肝性脳症で死亡しているため、APSCsを呈した場合は予後不良であることが考えられる。APSCsを引き起こさない限り比較的生存期間は長いと考えられた。【第2章】猫の肝リピドーシスに対するヒトプラセンタ(HPC)製剤の治療効果の検討1.目的現在、犬・猫の肝疾患の治療薬は非常に少ない。医薬品では、ウルソデオキシコール酸など数種類しか使用されておらず、医薬品以外のものとして、SAMeやシルマリンなどのサプリメント、食事療法として低脂肪食などが使用されるのみで、肝細胞の変性に対する特異的な治療薬は現在報告されていない。本研究の目的は、肝細胞再生物質を用いて、肝細胞の変性に対する特異的な治療薬を検討することである。2.材料・方法2011年4月~2015年3月の間に一次診療施設(一般開業動物病院)を受診した19頭であり、現病歴、臨床症状から肝疾患が疑われ、CBC・血液化学検査、尿検査、腹部超音波検査、肝臓細胞診を実施した。血液化学検査においてALT, AST, ALPの上昇を認め、肝臓の細胞診で肝細胞に明瞭な空胞変性を認め続発性肝リピドーシスと診断した。特異的な治療薬としてヒトプラセンタ製剤(商品名:ラエンネック)を使用した。なお、ヒトプラセンタ製剤の中に肝細胞再生物質が含まれている。ラエンネック投与群は10頭、非投与群は9頭であり、投与群は前向き調査、非投与群は後ろ向き調査である。明確にインフォームドコンセントを実施した上で、肝リピドーシスと診断した日より、基礎疾患の治療と栄養療法にラエンネックの皮下注射を併用した。投与量は1日1アンプル2mlとし、投与頻度は、入院治療のものは連日、通院希望の猫は来院の日とした。投与終了は、血液化学検査の改善が見られ、自力採食が可能になった日とした。また、ラエンネック非投与群9頭の猫においては、肝リピドーシスと診断した日より、基礎疾患の治療と栄養療法のみを行った。ラエンネックの効果を比較検討するために、ラエンネック投与群10頭とラエンネック非投与群9頭において、ALT、AST、ALP、T-Bilの改善度合い、入院期間においてカイ2乗検定、Log rank試験による統計処理を実施し、肝リピドーシスに対するラエンネックの効果を検討した。3.結果ラエンネック投与前の10頭における平均値はそれぞれ、ALTが605±357U/l、ASTが339±154U/l、ALPが392±296U/l、T-Bilが1.7±1.50mg/dlであった。ラエンネック投与終了後の平均値はそれぞれ、ALTが221±142U/l、ASTが158±153U/l、ALPが239±320U/l、T-Bilが0.7±0.90mg/dlであった。自力採食が可能となった退院までの入院期間の幅は3~7日であり、平均で4.9日であった。ラエンネック非投与群の入院治療前の9頭における平均値はそれぞれ、ALTが1257±1615U/l、ASTが697±653U/l、ALPが354±402U/l、T-Bilが2.9±2.76mg/dlであった。入院治療終了後の平均値はそれぞれ、ALTが755±889U/l、ASTが286±298U/l、ALPが375±451U/l、T-Bilが2.3±1.90mg/dlであった。また、食欲不振が改善し自力採食可能となる退院までの入院期間の幅は、6~16日であり、平均で12.3日であった。統計処理の結果、明らかな有意差が認められたものはALTの改善度合い(P=0.026)及び入院期間(P=0.001)であった。4.考察今後、ラエンネックを使用する症例数を増やし前向き研究を継続し、さらなる治療効果確認、投与量、投与間隔などを具体的に決定することが可能となれば、ラエンネックが肝リピドーシスの有効な補助療法となる可能性が示唆された。【第3章】総括近年、犬ではPHPV、猫では肝リピドーシスの発生が増加傾向にある。特に犬に多いPHPVは無症候性であることが多く、早期診断方法や治療方法、予後は過去の文献上においても報告されていない。第1章では、各種検査項目を統計処理することにより、血漿Fib濃度の低値と超音波検査における肝動脈陰影の確認という2点の検査に有意差が認められ、これらを従来からの検査項目に併用することが早期にPHPVを疑うスクリーニング検査項目になる可能性が示唆された。ただし、超音波検査においては、機種や検査者、犬の体型などによっても誤差が生じる可能性があり、今後これらを踏まえた検討が必要である。また、PHPVの1年生存率は90%以上、平均観察期間は865.1日で死亡症例は30頭中5頭であり、生存期間中央値は得られなかったため、APSCsの併発がなければ、予後は概ね良好であることが明らかになった。第2章では、ラエンネック投与群と非投与群を比較検討した結果、ALTの数値の改善、入院期間の短縮に明らかな有意差が認められ、ラエンネックが肝リピドーシスに有効である可能性が示唆された。ただし、ラエンネックの治療効果や予後に関しては、基礎疾患によって大きく異なる可能性が高く、その正確な効果判定には、さらなるデータの集積に加え基礎疾患の種類の統一化が必要である。さらに本研究はラエンネック非投与群が後ろ向き研究であるため、今後は前向き研究さらには二重盲目試験を実施する必要がある。