- 著者
-
土肥 可奈世
竹内 康裕
- 出版者
- 日本ウイルス学会
- 雑誌
- ウイルス (ISSN:00426857)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, no.1, pp.27-36, 2015-06-25 (Released:2016-02-27)
- 参考文献数
- 60
- 被引用文献数
-
4
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レトロウイルスベクターは自身のゲノムを宿主ゲノムに挿入できることから,治療遺伝子を患者の体内に運ぶ有効な手段として注目されてきた.レトロウイルスベクターが標的とする遺伝子疾患は,疾患の原因である変異遺伝子の正常型を患者細胞に直接導入することで治療が行われる.従来のガンマレトロウイルスベクターは標的細胞における治療遺伝子の発現,患者の疾患症状改善という点からこれまでの臨床治験において数々の成功例を報告してきた.しかし,遺伝子治療後の副作用としてベクターを介した遺伝子挿入を由来とする白血病が発生した.このinsertional mutagenesis(IM)の報告により,ベクターコンストラクト自身の安全性が見直されただけでなく,患者細胞内のウイルスベクター挿入位置をモニタリングすることが重要であることも確認された.一方,非分裂細胞へも治療遺伝子を導入できるレンチウイルスベクターは,神経性の遺伝子疾患の治療にも利用されてきた.また,これら2種のウイルス間の宿主ゲノム内の挿入傾向も比較して調べられた結果,レンチウイルスベクターのがん原遺伝子への挿入傾向がガンマレトロウイルスベクターよりも集中していないこと,またレンチウイルウイルスベクターを用いた臨床治験ではIMによる白血病のケースがこれまで報告されていないことから,より安全なベクターとしての認識が広まった.しかし,レンチウイルスベクターが自身の挿入により宿主遺伝子のスプライシングパターンを変化させることから,IMによる副作用を発生させる可能性は残っている.最近では,レンチウイルスベクターを用いて患者体内のT細胞に癌や感染した細胞を死滅させるレセプターを発現させ,間接的に治療を行うことも始まった.これら疾患数,患者数の多い病気への応用が始まったことから,レンチウイルスベクターが今後広く臨床応用されることが期待される.