著者
糸岐 一茂
出版者
獨協医科大学
雑誌
Dokkyo journal of medical sciences (ISSN:03855023)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.T25-T32, 2012-03-25

背景:薬物治療中の高血圧症患者が,頸椎症性脊髄症(cervical spondylotic myelopathy, CSM)の術後,その高血圧が改善する例を時に経験する.特に降圧薬治療に反応しない難治性高血圧群で改善が見られることが多い.本研究ではCSM 術後の血圧及び副交感神経機能の推移について検討し,報告する.方法:2009 年1 月1 日から2009 年12 月31 日まで我々の施設内でCSM に対する椎弓形成術を施行した68例に対し,検討を行なった.術前の平均血圧が100 mmHg を超えていた術前高血圧群は17 例あった.うち12例は術前降圧薬を内服していたにもかかわらず,入院時高血圧を呈していた(難治性高血圧群).全症例で頸椎C3 からC6 にかけての筋層構築的棘突起椎弓形成術(myoarchitectonic spinolaminoplasty)が施行されている.血圧は術前,術後1 ヶ月,3 ヶ月,6 ヶ月の時点では外来で測定された.術後1 週間のみ入院中の病棟で計測された.全対象症例中47 例で術前,術後1 週間,1 ヶ月,3 ヶ月,6 ヶ月の測定をすべて遂行しえた.測定した血圧は術前の血圧との比例で表し,平均血圧比,収縮期血圧比,拡張期血圧比として比較検討している.また,副交感機能の指標として心電図上RR 間隔変動係数(coefficient variance of RR intervals, CVRR)を同時に測定し,比較検討している.結果:術前高血圧群(n=17)と正常血圧群(n=29)の間で術前後の血圧変化において有意差を認め,そのうち術前高血圧群において術後1 週間,6 ヶ月の平均血圧比,収縮期血圧比,拡張期血圧比の有意な低下を認めた.術前降圧薬内服群と術前降圧薬非内服群の間での血圧変化においても有意差を認め,そのうち術前降圧薬内服群において術後1 週間の平均血圧比,収縮期血圧比,拡張期血圧比の優位な低下を認め,さらに収縮期血圧比のみ術後6 ヶ月の時点で優位な低下を示した.さらに術前降圧薬を内服していたにもかかわらず,入院時高血圧を呈していた難治性高血圧群(n=12)とその他の症例群(n=37)との間で術前後の血圧変化に有意差を認め,難治性高血圧群では術後1 週間と6 ヶ月で有意な血圧低下効果をみた.術前正常血圧群(n=29)においては術後有意な血圧変化はみられなかった.その他高齢者群(65 歳以上,n=13)と若年者群(60 歳以下,n=23)及び術前MRI で脊髄実質内にT2 高信号を示した群(n=19)とそれ以外の群(n=27)との間では血圧変化に有意差は検出されなかった.全ての群で,CVRR は有意な変化を示さなかった.結論:頸椎症性脊髄症に対する外科的減圧術は,高血圧の改善をもたらす.その機構には副交感神経系の関与は否定的である.