著者
荒屋 愛莉
出版者
富山大学比較文学会
雑誌
富大比較文学
巻号頁・発行日
vol.9, pp.1-18, 2016

『真珠夫人』は菊池寛が『東京日日新聞』及び『大阪毎日新聞』に一九二〇年の六月九日から十二月二十二日まで連載した菊池にとって初となる新聞連載小説である。『真珠夫人』の連載は成功し、劇化もされ、それまでは文壇にのみ知られていた菊池の名を世間一般に浸透させる作品となった。『真珠夫人』のあらすじはこうである。真珠のように美しい男爵令嬢唐沢瑠璃子は船成金庄田勝平により恋人の杉野と別れ、金権の権化である勝平に復讐するために勝平と結婚する。勝平への復讐は一応勝平の死という形で幕を閉じるが、物語後半で瑠璃子は今度は女性を軽視する世の男性や社会への復讐のため男性を弄んでゆく。物語の後半瑠璃子は処女らしい清らかさを捨て、世の不平等を訴えるために男性を自宅のサロンに招き、気のあるふりをして弄ぶ。その間に瑠璃子は二人の青年、青木淳と青木稔を破滅へと導き、物語の最後には瑠璃子に弄ばれた稔によって彼女自身も死という破滅へ向かってしまう。しかし、瑠璃子は男性には冷たい心で残酷な行為を繰り返すが、勝平の娘の美奈子には優しい母として振る舞い続ける。瑠璃子の少女らしさや美奈子へ愛情をそそぐ姿に見える彼女の優しい性格とは相反する行動を、物語の後半で出会う男性にとっていることになる。なぜ彼女は青木兄弟に対するような非情な行いをするのだろうか。第一章では、まず瑠璃子がこれまでの研究でどのように捉えられてきたのかを見る。第二章では、瑠璃子の人物造型を明確にしていく上で『真珠夫人』本文に描写のある外国文学、特に『ユーディット』『カルメン』そしてオスカー・ワイルドなどに登場する〈宿命の女〉と呼ばれる女性像に注目して瑠璃子との比較検討を行う。そして第三章では、『真珠夫人』執筆当時の文壇における性規範をめぐる議論と瑠璃子の発言や行動を照らし合わせ、菊池が彼女にどのような主張を持たせたのかを検討し、瑠璃子の人物造型を明らかにしていく。