著者
水野 紗也子 荒木 郁聖 加洲 みさ 静木 恵利華 駄田井 千夏 朴 玲奈 松本 大輔
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101159-48101159, 2013

【はじめに、目的】 妊娠中、出産後の女性は、身体的にも精神的にも問題が起こりやすい時期であり、身体的な問題としては、肩こりや腰痛、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などが挙げられる。妊娠高血圧症候群においては、約10%の妊婦が発症すると言われている。精神的な問題では産後うつ病などがあり、2002年のわが国の産後うつ病発症率は8%と言われていたが、2005年には12.8%と増加傾向にある。このような身体的および精神的な問題に対して、継続した運動が効果的であることは以前からも言われているが、妊娠中、出産後の運動はさまざまなリスクが伴い、個人の判断で運動を実施することが困難な場合もある。そのため、アメリカでは米国産婦人科学会が運動のガイドラインを示しており、妊娠中や出産後の運動が確立されているが、日本では、未だ確立された運動のガイドライン等はなく、この時期の運動の確立には至っていない。 そこで、本研究の目的は出産後の運動習慣がその後の骨密度やうつ傾向にどのように影響しているのかを明らかにすることとした。【方法】 対象は初回測定時に産後6ヶ月以内の女性18名(34.2±4.2歳)とした。対象者の体組成(体組成計:TANITA社製)、骨密度(超音波骨密度測定装置:GE healthcare社製)を測定し、同時に妊娠前、妊娠中、出産後、それぞれにおける運動習慣、健康状態、精神状態についてのアンケートと、エジンバラ産後うつ評価質問紙票(以下EPDS)を用いた産後うつのチェックテストを行った。 測定とアンケートを6ヶ月の期間をあけて2回(産後前期、産後後期)行い、6ヶ月間の変化を分析した。また、産後前期のアンケート結果より、産後前期に運動を行っていた者を運動実施群とし、全く行っていなかった者を運動非実施群として、2群間の骨密度およびEPDS得点を比較した。 統計解析は、6ヶ月間の比較は対応のあるt検定、2群間の比較は対応のないt検定、およびχ2検定で行った。統計ソフトはSPSS20.0Jを用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づき、すべての対象者に本研究の趣旨を説明し参加の同意を得た。【結果】 産後前期から産後後期にかけての全体的な変化をみた結果、骨密度の指標となるステフィネス値(以下SI値)では、産後前期には98.6±18.5だったのに対し、産後後期には89.2±17.5と有意な減少が認められた(P<0.01)。EPDS得点においては産後前期から産後後期にかけて有意な差は認められなかった。 また、運動実施群と運動非実施群の2群間で骨密度およびEPDS得点を比較した結果、骨密度においては、SI値の変化率(産後後期SI値/産後前期SI値)が運動非実施群では87.1±5.0%だったのに対して、運動実施群では94.0±7.4%と、運動実施群において骨密度の減少が有意に抑制されていた(P<0.05)。EPDS得点では、運動非実施群では5.4±3.8点だったのに対して、運動実施群では2.6±2.4点と減少傾向にあった(P=0.07)。そして、産後前期から後期にかけてのEPDS得点の改善率は、運動非実施群では11%だったのに対して、運動実施群では89%であった(P<0.05)。【考察】 骨密度においては、産後前期から産後後期にかけて全体的に減少し、また、その中でも運動実施群において、骨密度の減少が抑制されていた。この産後前期から産後後期にかけての骨密度の有意な減少は授乳期であったことが大きく影響していたと考えられ、また、その中でも運動を行うことで骨形成に必要な運動負荷が骨へ与えられたため、運動実施群では骨密度の減少が抑制されたことが考えられる。 EPDSにおいては、運動実施群では非実施群に比べ得点が低い傾向にあり、また、改善率に差が認められた。これは、うつ病患者に対する運動療法では、投薬治療と同等の効果が得られることや、理学療法士の介入による運動療法が産後うつ病の発症リスクを減少させることから、運動療法が一般的なうつ病患者に治療効果があるのと同様に産後うつ病においても運動療法の効果がみられたことが考えられる。【理学療法学研究としての意義】 本研究より、産後女性に対する運動療法は骨粗鬆症や産後うつ病の予防につながることが示唆された。現在日本では産後女性に対する理学療法士の介入はほとんどない。しかし、理学療法士の専門性の観点から考えると、妊娠中・出産後に対して、精神的・身体的問題の改善や、運動機能の維持、ハイリスク妊娠の方への運動療法が行える可能性があると考えられる。今後、この産科領域は理学療法士が大いに介入できる分野だと考えられる一方で、介入に向けて適切な運動開始時期、運動量、頻度を明確にしていく必要があるといえる。