著者
菊池 章太
出版者
桜花学園大学
雑誌
桜花学園大学研究紀要 (ISSN:13447459)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.223-246, 2002-03-31

日本人が仏教信仰の根本的な聖典として用いてきた漢訳仏典の中には,インドや中央アジアではなく,中国において撰述された経典もかなり含まれている。これらは一般に「疑経」の名で呼ばれ,かつては,疑わしいもの,偽妄なものとして排除されてきた。このような見方は,中国であいついで作られた経典目録の判断基準にもとついているが,今日では疑経は,中国人による仏教の受容と変質のありかたを考えるうえで,また,庶民による仏教信仰の実態を知るうえで,欠かせない資料として,日本でも欧米でも盛んに研究が行われるようになった。これは道教経典に対する見方とも共通し,中国土着の宗教である道教もまた,中国仏教の研究者によってようやく認識されだした。仏教の疑経と道教経典に対する目下の人々の関心には共通する意識があることが認められる。一方,欧米人による中国仏教の研究にあっては,日本で盛んな教義上の議論などよりも,むしろ社会現象としての中国人の信仰という側面により多くの関心が注がれてきた。その結果,かつては異端的なものとして退けられる傾向にあった疑経や,土俗的な迷信とほとんど同義に扱われていた道教は,むしろ欧米においては早くから注目された。本稿は,日本における疑経研究の現状を報告し,欧米の研究との視点の違いを踏まえ,そこに含まれるいくつかの問題点を抽出し,今後の研究への展望を提言するものである。