著者
藤田 正夫
出版者
岡山医学会
雑誌
岡山醫學會雜誌 (ISSN:00301558)
巻号頁・発行日
vol.39, no.12, pp.2025-2050, 1927

1. 余ハ未ダ其研究甚ダ寡キ子宮附屬器就中圓靱帶及ビ喇叭管ニ對スル諸種藥物ノ作用ヲ,今日迄殆ド顧ミラレザリシ生理的状態ノ變化ヲ特ニ顧慮シテ實驗研究シ,尚ホ之等ニ對スル藥物ノ作用ヲ,當該子宮ニ對スル夫レト比較觀祭セリ.即チ處女,經産非娠,妊娠初期,妊娠末期,産褥ノ各時期ニ於テ,同一動物ノ之等臟器ニ對スル之等ノ藥物ノ同一分量ヲ作用セシメテ互ニ其成績ヲ比較セリ.實驗ニ供セル藥物ハ「アドレナリン」,「ピロカルピン」,「ピツイトリン」,「ヒニーン」,「ニコチン」,「コカイン」,「カルチウム」,「カリウム」,「アトロピン」,「ストロフアンチン」,「フイゾスチグミン」,「モルフイン」,「バリウム」,「パパヴエリン」ノ十四種ナリ.<br>2. 先ヅ圓靱帶ニ於ケル成績ニ就キテ觀ルニ,「ピロカルピン」(抑制),「カルチウム」(抑制),「アトロピン」(興奮),「ストロフアンチン」(興奮),「フイゾスチグミン」(興奮),「バリウム」(興奮),「モルフイン」(興奮),「パパヴエリン」(抑制)ノ八物質ハ本臟器ノ生理的變化ニヨリテ之等ノ作用ニ影響ヲ被ラズ,殆ド常ニ上ニ示セルガ如キ作用ヲ呈シタリ.然ルニ,他ノ六物質ハ夫等ノ作用,次表ニ示スガ如ク生理的各時期ニヨリテ差違ヲ示スヲ見タリ.<br>3. 喇叭管ニ對シ,「アドレナリン」,「ヒニーン」,「コカイン」,「カリウム」ノ四物質ハ生理的變化ニヨリテ其作用ニ影響ヲ被ル.即チ下ノ表ニ示スガ如シ.<br>然ルニ他ノ十物質ハ殆ド影響ヲ被ラズ.「ピロカルピン」ハ各時期ニ於テ同様ニ作用ナキカ又ハ興奮ヲ「ピツイトリン」ハ殆ド作用ヲ呈セズ,「ニコチン」ハ興奮ヲ,爾他ノ七物質ハ圓靱帶ニ於ケルト同様ノ作用ヲ示ス.<br>4. 圓靱帶ニ對スル之等藥物ノ作用ヲ,當該子宮竝ニ喇叭管ニ對スル夫レト比較スルニ,「フイゾスチグミン」,「アトロピン」,「モルフイン」,「バリウム」,「パパヴエリン」,「ストロフアンチン」ノ六物質ハ,三臟器ニ對シ,各時期ヲ通ジテ,殆ド作用ノ本質的差異ヲ示サズ.然ルニ爾余ノ八物質ハ然ラズ<br>「ピロカルピン」及ビ「ピツイトリン」ハ三臟器ニ對シ,互ニ異ナル作用ヲ示ス.即チ「ピロカルピン」ハ子宮ニ對シテハ各時期共,殆ド常ニ著明ナル興奮作用ヲ示スニ,圓靱帶ニ對シテハ主トシテ抑制的ニ,喇叭管ニ對シテハ何等作用セザルカ,又ハ興奮的ニ作用ス.又「ピツイトリン」ハ子宮ニ對シ,妊娠初期(無作用又ハ抑制)ヲ除ク外,各時期ニ於テ興奮作用ヲ示スニ,圓靱帶ニ對シテハ妊娠末期(著明ナル興奮)ヲ除ク外主トシテ抑制ヲ,喇叭管ニ對シテハ殆ド作用ヲ呈セズ.<br>「カルチウム」及ビ「カリウム」ノ二物質ハ,圓靱帶及ビ喇叭管ニ對シテハ相似タル作用ヲ呈スルモ,子宮ニ於テハ之ト大ニ異ル.即チ「カルチウム」ハ子宮ニ於テハ妊娠初期ニ於テ弱キ抑制又ハ無作用ナルノ外,各時期トモ殆ド常ニ興奮作用ヲ呈スルニ拘ラズ,圓靱帶及ビ喇叭管ニ對シテハ主トシテ抑制ヲ示ス.又「カリウム」ハ子宮ニ對シテ各時期共,殆ド常ニ興奮的ニ作用スルニ拘ラズ,圓靱帶及ビ喇叭管ニ於テハ妊娠時ヲ除ク外,他ノ時期ニ於テハ抑制的ニ作用ス.<br>而シテ「アドレナリン」,「ヒニーン」,「コカイン」及ビ「ニコチン」ノ四物質ハ,之等三臟器ニ對シ,前記諸物質ノ如ク甚シク異ナル作用ヲ呈セズト雖モ尚ホ異ナル點アルヲ知ル. 即チ「アドレナリン」ハ三臟器ニ對シ,一般ニ興奮的ニ作用スルモ,子宮ニ於テハ比較的屡々産褥時ニ,又圓靱帶及ビ喇叭管ニ於テハ,處女期ニ於テ主トシテ抑制作用ヲ示スノ差違アリ.「ニコチン」ハ喇叭管ニ對シテハ各時期共唯興奮作用ノミヲ示スニ,子宮及ビ圓靱帶ニ於テハ,時期ニヨリ,抑制又ハ興奮作用ヲ示ス.又「ヒニーン」及ビ「コカイン」ハ,子宮ニ對シテハ唯興奮作用ノミヲ示スニ,圓靱帶及ビ喇叭管ニ對シテハ興奮ノ外尚ホ抑制作用ヲモ示セリ.<br>5. 圓靱帶及ビ喇叭管ニ於ケル末梢神經主宰,ヲ「アドレナリン」竝ニ「ピロカルピン」ノ作用ヨリ推測スルニ,先ヅ「アドレナリン」ノ作用ヨリ,交感神經ノ制止繊維ノ興奮性ハ,處女期ニ於テハ其催進繊維ヨリモ,ヨリ鋭敏ナルニ,妊娠又ハ分娩ニヨリテ反對トナルモノト推察セラル.次ニ,「ピロカルピン」ハ兩臟器ニ對シテ興奮作用ヲ呈セザルノミナラズ,圓靭帶ニ於テハ反對ニ抑制作用ヲ示ス事實ヨリ考察スル時ハ之等子宮附屬器ニ於テハ,副交感神經ノ分布ノ全ク缺除スルカ,又ハ存スルモ,子宮ノ場合卜異リ,甚シク不鋭敏ナルモノト推定セラル.然ルニ同ジク副交感和經毒タル「フイゾスチグミン」ハ,「ピロカルピン」ト異リ,之等臟器ニ對シテモ興奮作用ヲ呈スルガ故ニ,本物質ハ神經性作用ノ外,筋自巳ニ對シ,刺戟作用ヲ呈スルモノト推察セラル.