著者
趙 亜男
出版者
埼玉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
日本アジア研究 : 埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程 (学際系) 紀要 = Journal of Japanese & Asian studies (ISSN:13490028)
巻号頁・発行日
no.16, pp.135-148, 2019

本稿は千利休と豊臣秀吉が催した茶会を中心に、和物茶道具の使用状況を考察し、唐物から和物へと推移する経緯の一端を分析しながらその原因を解明するものである。第一部では、千利休の祖父千阿弥と唐物とのかかわりについて扱った。第二部では、利休茶会における禅僧墨跡の使用状況から利休の創意を看取し、さらに、その原因が茶道具の目利きである利休と弟子の織田有楽が偽物の墨跡を購入した経験があるとかかわりを持っている可能性が高いという考察を導出した。第三部では、秀吉茶会における和物茶道具の使用状況を考察し、秀吉の茶の湯に対する発想の独創性を示した。また、秀吉の時代におきた天正飢饉への飢饉対策と家臣の加藤清正の禁酒令の分析を通して、秀吉が主催した茶会では和物を使いはじめるや、庶民にも参加してもらうことから、秀吉の茶の湯文化を庶民にまで広く普及させたい狙いが読み取れ、その原因は天正時代に起きた飢饉と実行された禁酒令に繋がっているという結論をつけた。本论文旨在以千利休和丰臣秀吉举办的茶会为中心,通过对其和物茶具的使用情况的考察从而探究茶会中唐物到和物使用的转变和其中的原因。第一部分考察了千利休的祖父千阿弥与唐物的关系。第二部分先是通过对千利休的茶会中禅僧墨宝的使用情况的考察分析了利休在茶会上的创意体现,之后考察得出其墨宝的更替与利休本人及其弟子都曾购买过墨宝赝品的经历不无关系。 第三部分通过对秀吉茶会中和物的使用情况的调查,提示出秀吉在茶会上展现的创新意识。此外,通过秀吉颁布的饥荒对策和加藤清正推出的禁酒令的分析,从秀吉在茶会中开始使用和物以及允许百姓也可以参加茶会中,除了可以窥测出秀吉打算将茶汤文化在民间普及开来的意图,也考察得出其中的缘由与天正时期的饥荒和颁布的禁酒令息息相关。
著者
趙 亜男
出版者
埼玉大学大学院人文社会科学研究科
雑誌
日本アジア研究 : 埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程 (学際系) 紀要 (ISSN:13490028)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.137-161, 2017-03

江戸時代の茶道において、千利休の教えと見られるものを和歌の形にした「利休道歌」が世に伝わり、よく知られている。現在にいたっても、「利休道歌」「利休百首」の注釈書類が相次いで出版されており、茶の初心者や茶人たちに愛用されている。小論は、これまで検討されていない東京芸術大学附属図書館所蔵の『利久居士茶道百首』(以下芸大本と称す)を研究対象として、その成立年代と構成を紹介したうえ、他伝本との校合を通して、芸大本と「紹鴎百首」との関係を分析し、本伝本の意義を試論した。七伝本と校合した結果、芸大本は「紹鴎百首」系統の諸伝本と同じ歌を数首持っていることから、「利休百首」系統より「紹鴎百首」系統により近いことが分かった。そして、筒井紘一氏を代表とする先学たちの研究成果を踏まえて、小論は次の説を提示する。芸大本は、千利休以降茶の湯が遊芸化から精神化へと発展している江戸中後期、ある流派の茶人が侘茶の宗旨を目指して千利休の名を冠して制作したものである。現存諸本のなかに百首に整っている最古の写本として、そこには作者の編集意識が現れているではないかと考える。最後に、茶道百首の研究に新しい情報を提供することと、茶道流派における家元システムの成立と発展に対する研究に、芸大本の意義があることを論じた。