著者
杉森 伸吉 門池 宏之 大村 彰道
出版者
法と心理学会
雑誌
法と心理 (ISSN:13468669)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.60-70, 2005-01

本研究では、裁判員制度での集団意思決定過程において、裁判官の有罪意見が裁判員の判断に及ぼす正当性勢力の影響(裁判官の意見というだけで、内容を吟味せず同調する影響)について、参加者の認知的負荷量を事件資料の長さなどを操作し検証した。具体的には、「疑わしきは被告人の利益に」の推定無罪原則からは必ずしも有罪と断定できない事件の資料を参加者が読み、被告人が犯罪を行ったか、有罪かなどの事前判断を個別に行ったのち、3人集団で討議した。実験群では討議中に裁判官の意見を「裁判官の意見」または「他の参加者の意見」(認知的低負荷条件のみ)として読み(統制群は見ず)、討議後同じ質問について再び個別に判断した。その結果、(1)事件資料が長く難解な場合(認知的高負荷条件)、参加者の多くが、裁判官の有罪意見を読んで有罪判断に傾いた。しかし、(2)事件資料が短く理解が容易な場合(認知的低負荷条件)、参加者は裁判官の有罪意見を読んでも有罪判断に傾かなかった(ただし無罪判断の確信度は下がっていた)。また、(3)一般市民が「疑わしきは罰せず」の原則を個人や集団で実践できるか検討した結果、有罪意見を読んだ参加者に、むしろ「疑わしいならば罰する」という判断傾向が現れた。以上の結果から、裁判員制度において、事件内容が難解で、法律家が難解な専門用語を用いて裁判を進めた場合は直接的に、また裁判が短く理解も容易な場合でも間接的に、裁判官が一般市民の意見を誘導できる可能性を否定できなかった。裁判員制度での制度設計では市民の一般的文章理解能力を十分考慮することがきわめて重要であることが示唆された。