著者
関村 正悟
出版者
日本財務管理学会
雑誌
年報財務管理研究 (ISSN:09171738)
巻号頁・発行日
no.20, pp.38-45, 2009

リーマン破綻後の短期金融市場の混乱を概括し,混乱の程度を増幅した要因を説明した。リーマンの行っていた各種取引それ自体とそれを支える資金調達手段としてのレポ取引に含まれる問題点を指摘した。レポ取引にふくまれる脆弱な市場間-金融機関間の構造を生み出すシステムとしてrehypothecationをとりあげた。さらに担保管理のルールが英国と米国との違いが混乱を深あたことを指摘した。レポ取引が,有担保融資と同様の経済的効果をもつため,無担保市場であるインターバンク市場の金利に比べクレジットリスクプレミアムの減少分だけ,低金利で調達できる市場であった。担保付であるため資金が取り入れやすいこともあり発達したが,短期金利が低下し,しかも長期に持続されたグリーンスパンの金融緩和政策によって,拡大に弾みがついた。rehypothecationのメカニズムもあり,投資銀行は,低コストでレバレッジをあげることが可能であり,近年,一層この市場での資金調達依存度を高めていた。リバースレポで得た現金を再びレポに回すという重層的な資金取引構造自体が個別取引主体のレバレッジを超え,市場全体としての,つまり金融システム自体を高いレバレッジに導いていたといえよう。個々の取引は担保付であり,リスク軽減されており,レバレッジは小さいとしても,その取引の先にある取引,その又先にある取引と連鎖の束としてバランスシートが形成されたとき既に企業レベルではレバレッジが上昇している。企業間の取引の束としてシステムをみれば,個々の取引の集計された社会全体としてのレバレッジはいつの間にかおおきくなっている。これが銀行による信用創造とはことなるcapital market baseのfinance,すなわちtransaction baseの信用創造のメカニズムである。金融の市場化,証券化であり,その基本は,市場での一回限りの取引という,いわゆるarms lengthな関係を基礎にするものである。また,この金融の市場化のプロセスの流れの中で,証券の貸し手が受け取る現金担保の再投資の受け皿としてMMFは重要な資金フローの循環を担う構造ができていた。資金循環構造が,第一段階として,2007年8月にABCP市場の激減として崩れ始めると,ハイスピードで資金は逆流し,大きな流動性ショックを生み出す。短期資金で調達し長期や流動性の低い資産を保有していると,この逆流した資金フローで目詰まりが発生する。つづいて流動性枯渇する中でのfire saleに巻き込まれた資産は思いもかけない値段(3シグマをこえるレベルの頻度でしか発生しないはずの,つまり100年に一遍の出来事)で取り引きされるので,直ちに担保価値評価は更新されことになり負の連鎖の悪循環は,加速化する。リーマン破綻後においては,レポ市場でのカウンターパーティリスクが問われることになり,短期金融市場は壊滅的打撃をうけ,MMFやCPに対しても政府の保証,買取制度の投入が行われた。この資金調達市場の構造を支えて発展してきたのが証券貸借市場の発達である。この市場の発展はヘッジファンド投資,デリバティブ裁定取引,インデクスファンドの低コスト化等に大きな寄与を行って,資本市場の進化と深化に貢献していたと思われていた。しかしサブプライム金融危機発生後,クレジットリスクの再評価,クレジットリスクの移転,担保管理といった,信用リスクと流動性リスクに対する金融機関のリスク管理の欠陥が露呈した。全体としての金融市場のレバレッジが高度化し,システミックリスクが高まっていた状況では致命的なミスとなり,多くの破綻がおきた。本稿はその一断面をレポ取引の特殊な構造に焦点を合わせ,証券貸借業の発展の意味づけと解明を試みたものである。政策当局が誤った事実認識を持ち,一層不適切な対処や規制を厳しくすることにより,惨劇をさらに一層の悪循環に陥らせないための試論にほかならない。政策当局の善意により敷き詰められた,しかし,地獄への道を,人々は,再び歩き始めているのかもしれない。