著者
中洞 正 雨田 章子
出版者
養賢堂
雑誌
畜産の研究 (ISSN:00093874)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.117-126, 2013-01

日本の酪農は大きな岐路に立たされている。それまでのある種神話化された牛乳滋養論の瓦解・大手メーカーの不祥事,BSE,穀物相場の高騰,牛乳否定本の相次ぐ発刊など戦後酪農の手法がことごとく否定されている観を否めない。戦後の酪農は日本農政の基幹となった農業基本法(1961年)において選択的拡大作目として米や果樹とともに生産の拡大と内外価格差の是正を目指した。モノカルチャーによる拡大政策は輸入飼料に過度に依存した工業型酪農の普及であった。これは生命産業といわれる酪農を自然から遊離した歪な業界にしてしまった。著者は山地を利用した放牧酪農を30年余に渡り実践してきた。これは戦後まもなく,植物学者の猶原恭爾博士が提唱した「山地酪農」が背景になった。しかし,工業的酪農の激流に押し流された山地酪農は1987年に乳業界が取り決めた脂肪分3,5基準によって崩壊してしまった。一方EUが先鞭を切った「家畜福祉」という概念はいみじくも山地酪農の手法と合致するという皮肉なこととなった。食の安全や家畜福祉,環境問題が百家争鳴のいまこそ虐待的飼育におかれてきた乳牛たちの思いを真摯に受け止め乳牛,酪農家,消費者それぞれが共通の幸せに基づいた新たな日本型酪農構築をしなければならない。幸いわが国には全ての動植物と共生を重んずる仏教的思想を先人達が継承してきた歴史がある。