著者
高平 一成
出版者
関西鍼灸大学
雑誌
関西鍼灸短期大学年報 (ISSN:09129545)
巻号頁・発行日
vol.15, 2000-09-30

日本と朝鮮の文化交流は古く,伝統医学においてもそれは例外ではなかった。朝鮮の伝統医学は日本のそれに根本的に大きな影響を与えている。にもかかわらず,日本では朝鮮伝統医学が中国伝統医学に比べ,とかく看過される傾向がある。その為か本邦における朝鮮の伝統医学に関する研究や著述は中国のそれに比べて,はるかに少なく,結果として日本の伝統医学の成立そのものを見過ごすことになりかねない。このような観点で筆者は韓国の漢方病院を訪ね,当地で伝統医療の一端を担う「四象医学」というものに興味を引かれた。そこで先程の傾向等を踏まえを鍼灸医学の立場からこの四象医学を考察するに至った。四象医学には中国医学では見られない,道数的な特微か随所に見られる。例えば「三才説」の天・地・人に「世」が加えられている事や,喜・怒・哀・楽の自律により運命が開かれると説いている事などである。また「四象」という語は『周易』からの借用と見られ,「心」を中央に,肺脾肝腎を四隅に配置する点に周易的な考え方が認められる。四象説の「四」は,従来の四体液説等が構成要素として「四」という数を扱っているのとは異なり,概念的枠組みを示すものであると考えられる。一方,五行説は両方の枠組み(概念的枠組みと構成要素の枠組み)の性格を合わせ持っている。五行説と四象説の臓腑間の相互関係に対する考え方はほぼ等しいと見なせる。五行説の金克木と土克水はそれぞれ,四象説における「肺と肝」「脾と腎」の相対関係に相当する。また感情と臓腑の関係では,怒か肝に影響を及ぼすという点が唯一両者に一致し,このことは「怒傷肝」の信憑性の高さを物語っているのであろう。ただし四象説には相生・相克という考え方は見られない。全般的に四象説は鍼灸の基本的考え方と大きな相違はないが,四象説では経絡の変動を各々の経絡に細分化する必要はないとする等,鍼灸の証の立て方を簡素化して臨床治療に役立てようとした。かといって経絡を否定しているわけでもない。むしろ鍼灸に対しては肯定的で,後世の熱心な医者にその研究を委ねている。