著者
髙橋 信良
出版者
千葉大学国際教養学部
雑誌
千葉大学国際教養学研究 = Journal of Liberal Arts and Sciences, Chiba University (ISSN:24326291)
巻号頁・発行日
no.5, pp.55-70, 2021-03-31

[要旨] 19世紀後半、自然主義演劇の時代に演出家が専門職となったことは周知の事実である。それでは、なぜこの時代に演出家が独立した職種となったのであろうか。本論は、この疑問を解く鍵が照明技術の発達と演劇理念の変遷にあると考え、当時ヨーロッパ演劇の中心地であったパリの演劇事情について考察したものである。ロウソクからガス灯まで、容易に消灯することのできない劇場は観劇の場であると同時に社交の場でもあったが、電気照明による客席の消灯が観客を芝居に集中させることになる。照明の技術的革新と相まって、自然主義演劇が写実的舞台制作を提案するようになる。そこで必要とされたのが専門職としての演出家であった。その後、過度の写実性への反動として現れた象徴主義演劇によって、演出家は、戯曲をリアルに再現するだけではなく、戯曲の解釈を舞台に具現化する役割も担うようになる。この変遷のなか、現在まで続く演出家の役割が定まったと考えられる。