著者
齋藤 康彦
出版者
山梨大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2000

本研究は、山梨県を事例に、社会的ネットワークの形成に着目して日本の近代化を支えた地方名望家層の再検討を行った。得られた新知見は以下の通りである。地方名望家の典型である昭和戦前期までの山梨県の県会議員は、銀行と電力会社に積極的に参画し、複数の役職の兼任によって銀行・企業ネットワークが形成され、これに被さるかたちで閨閥の二重、三重のネットワークは、全県的な規模で広がっていた。しかし、甲府在住の豪商層からなる甲府商工会議所議員による銀行・企業ネットワークや閨閥ネットワークは市域に止まり、甲府市の有力商人達には郡部地域の名望家層との間に積極的に閨閥を形成しようとする意図はなかったことが確認された。農地改革にみられる戦後の社会的な変動と、政党化の進展で、革新政党や労働組合を基盤とする県会議員も増加し、近年の女性の登場という時代状況は、地方名望家層が地方議員の輩出基盤であったことを変質させた。高度経済成長が開始される以前の1960年代までの県会議員の職業は、蚕糸業、建設業、製材業、郡内機業に代表されていた。寄生地主制の廃絶で地主層が総退場し、醸造業の地位も低下し、代わって地場産業の経営者層が多数進出した。しかし、1970年代以降は状況は大きく変わり、建設業のみが議員数を増加させた。そして企業ではなく、業界団体中心のネットワークが形成され、血縁ネットワークは失われた。この意味でいえば、県会議員レベルでは地方名望家体制は崩壊したといえる。しかし、政治に関与せず実業の世界に活動を限定している老舗や企業経営の存在が確認され、政治と経済の分離が進んだことも確認できた。