著者
河村 暁子 Akiko Kohmura
出版者
電気通信大学
巻号頁・発行日
2006-03-23

設計・試作したアンテナの動作解明や,不要な電磁波放射源の特定及び評価・対策のために,金属線上の電流分布を推定する技術が求められている.このような電流分布推定の要求は,例えば付属回路の動作不良のような実用の過程で起こる問題によるものであり,計算における理想状態のシミュレーションだけでは解決できず,測定による検討が欠かせない.しかしながら,金属線にセンサなどを接触させれば本来の振る舞いを妨げることとなるため,直接的に測定することが難しい.本論文では,近傍磁界の測定結果からアンテナがある一定周波数で励振された場合の電流分布の振幅と位相あるいは実数部と虚数部(複素電流分布)を推定するための手法を提案し,具体的な検討をシミュレーション計算と測定により行い,推定法の有効性を確かめることを目的としている.本論文で用いる複素電流分布推定法の基本原理は,% 方程式より導かれる微小電流要素がつくる近傍電磁界の式に基づく.対象とする電流を,均一な電流分布を持つ微小セグメントの集まりとすれば,近傍磁界はそれぞれのセグメントがつくる磁界の和として表わされ,電流とその近傍磁界は連立- 次方程式の形で関係付けられる.よって,近傍磁界の振幅と位相の分布を測定すれば,電流と磁界の関係式を解くことで複素電流分布を推定できる.この推定法では,電流と磁界の関係式の逆問題を安定に解くために,できるだけ誤差の少ない磁界データを適用することが重要となる.そこで,近傍磁界測定のための磁界センサとして,シールデッドループ構造の. 出力磁界プローブを新たに導入する.この微小ループプローブは,ループ面内でほぼ無指向性であることから,電流分布推定の目的に適している.さらに,このプローブの計測用アンテナとしての特性である磁界複素アンテナ係数"" % ' & ( # の新しい決定法を提案する.磁界複素アンテナ係数は,到来磁界とアンテナの出力の比であり,この係数を正しく決定することは,磁界を適切に測定し正確な電流分布を推定するために重要である.提案する方法は,プローブ全体の等価回路表現に基づき,ループ部の実効長を計算し,出力ポートの反射係数を測定することにより,簡単にアンテナ係数を決定できる.電流分布推定を実際に行うにあたり,検討の第- 段階として単純な構造の線状ダイポールアンテナのアンテナエレメント上に存在する電流を対象とした推定について述べる.特性を決定したシールデッドループ構造の. 出力磁界プローブを用いて近傍磁界の測定を行い,複素電流分布を推定した.近傍磁界の測定に際し,プローブは対象とする電流に影響を及ぼさず,かつ十分な感度の出力を得られる位置で走査する必要がある.その適切な走査位置や間隔を,プローブ形状を考慮し実効長の定義より磁界分布を求めるシミュレーション計算により検討し決定した.推定した電流分布に対し,分布の形状だけでなく絶対的な値を含めた妥当性の確認を,モーメント法による理論的な電流分布(理論電流分布)との比較より行った.このとき,近傍磁界の測定にネットワークアナライザを用い,ダイポールアンテナの励振電圧を理論電流分布と等しい条件で比較できるようにする手法を開発した.比較の結果,本論文で提案した電流分布推定法が,複素電流分布の実数部・虚数部の形状のみならず絶対的な値まで推定できることを確認した.さらに,複素電流分布推定法の妥当性を確認できたことをふまえ,ダイポールアンテナの給電線路の外導体上に漏洩する電流の推定を行った.これより,本推定法が漏洩電流のような微弱な電流に対しても適用可能で,アンテナの動作解明や不要電磁波の放射源の特定に有効であることを明らかにした.最後に,本推定手法の対象を. 次元的に分布する電流に拡張するための検討を,. エレメント八木アンテナを対象に行った.近傍磁界測定において微小ループ構造の磁界プローブに多方向から合成された磁界が到来しても,ループを垂直に貫く方向の磁界成分のみが測定されることを考慮すれば,本推定手法が適用可能であり,各エレメント上の複素電流分布を求められることを示した.この結果は,プリントアンテナなどを対象とする一般的な. 次元電流分布推定の基礎となり得るものである.