著者
Arshin Adib-Moghaddam
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.75-81, 2019 (Released:2019-05-30)

20世紀の初頭から欧米の主導で発明され、機能してきた「中東」の地域概念はもはや存在していない。同様に旧オスマン帝国の領域を指す「近東」概念もその有効性をすでに完全に喪失した。現在では「西アジアおよび北アフリカ」地域と呼ぶべき同地域において、(1)米国の影響が度重なる失政によってますます周辺化していること、(2)その間隙を埋める域外大国としてロシアと中国が急速に台頭していること、(3)域内の主要な外交アクターとしてイランとトルコが影響力を強めていること、以上の3つの顕著な傾向を指摘することができる。こうした前提でトルコ・イラン関係をみる時、両国関係が地域的な安定にもたらす影響はどのようなものだろうか。その場合両国間の歴史的な長いライバル関係や対立関係にもかかわらず、20世紀以降の時代における両国関係は比較的良好なままに推移してきた。1979年のイラン革命直後の一時期はその例外であって、この時期には世俗主義的なケマル主義との齟齬が前面に出ていた。近年においてイラン・トルコ関係が大きく変化したのはトルコの親イスラーム政党である公正発展党(AKP)の2002年における躍進以降である。1996年に政権に就いた後、イランとの大幅な接近を試みたものの政権基盤が比較的脆弱だったエルバカン首相時代から、AKPの政権運営の下で軍部など世俗エリート層との抗争を経て、さらにエルドアン大統領のもと権力の集中が進むと、両国関係の深化は経済関係から安全保障分野までに広く及ぶ新たな段階を迎えるに至った。本論稿では以上の展開を近年の対クルディスタン問題やシリア問題、対米関係およびトルコのNATO加入などの文脈で具体的に検証し、最後に結論部で「アラブの春」以降の地域再編のなかで両国間の互恵に基づく広範な連携関係が積極的に果たしうる役割について展望する。(文責・鈴木均)
著者
Arshin Adib-Moghaddam
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.51-64, 2020 (Released:2020-03-27)

「サイコ・ナショナリズム」は、現在の中東地域において不安定要因を形成する主要な要因であり、それは排他的な国民意識の核となる集団的自己意識の半ば意図的に捏造された発明品である。本論は中東イスラーム世界における哲学的議論の豊かな蓄積―イブン・ハルドゥーンの政治学的・社会学的考察を含む―の上に、近年盛んに行われているアイデンティティー政治学の宗派主義・部族主義的な分析枠組みの脱構築を意図している。本論ではまずアラブ世界およびイラン世界における「想像的共同体」の具体的な構成要素に検討を加えたうえ、とりわけ中東地域においては人間集団間の長期的な混交と相互依存構築という歴史的な経験を踏まえた理性的な対話・交渉による関係の構築が地域的平和の実現のための不可欠の要件であることを確認する。
著者
Arshin Adib-Moghaddam
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.49-56, 2018 (Released:2019-03-15)

本稿は今年8月に発足したロウハーニー第二期政権のとりわけ外交政策を1979年以来のイラン・イスラーム共和国政権の政治的展開の帰結として位置づけることを目的とするものである。革命後のイランは現在に至るまで西側諸国の新自由主義的な経済政策に対して一定の距離を堅持してきた。またパレスチナ問題に対する明確な対パレスチナ支持の姿勢も今後長期にわたりその基本線が変わることはないだろう。だがそのニュアンスについて可変的であることは、イスラエルを「シオニスト国家」と呼ぶことを慎重に回避し続けるザリーフ外相の発言などからも伺える。米国における2017年の年初のトランプ政権の発足にも拘らず、イランとP5+1の間のJCPOAがトランプ大統領によって破棄されるという可能性は極めて低い。だが革命以来のイランの非同盟諸国重視の外交姿勢は現在に至るまで続いており、南米のベネズエラ・ボリビア・ブラジル・キューバといった諸国との緊密な関係もロウハーニー政権においても維持されることは明白である。革命後のイラン外交は決してシーア派重視あるいはイスラーム重視に傾斜することなく、それはあくまでも国益重視の姿勢に貫かれてきた。政策的な選択についても2009年以降は国際社会との協調の方向に大きく転換しているが、ただそれが西側と共通の人権擁護の理念に基づいていないという問題は依然としてある。いずれにしても5月の選挙の結果、ロウハーニー政権は政策的な合理性・優位性について国民の信託を受けたものと理解すべきである。ある種の市民社会が育ちつつあるイランの国内政治において、いわゆる「保守派対改革派」の単純な図式はますます意味を失いつつある。イランは今後将来的に非イデオロギー的・非革命的な通常の国家として、日本を含む国際社会の一員としての道を歩むことが期待される。(文責・鈴木均)