著者
Dil Jonathan
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科小島基洋研究室内 村上春樹研究フォーラム
雑誌
MURAKAMI REVIEW (ISSN:24345148)
巻号頁・発行日
pp.93-105, 2018-10-31

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は寓意的な解釈を誘う作品である。当初から、一群の批評家たちは、この作品を3・11への応答として読んできたのだが、本作を精査してみると、単にトラウマから回復する被害者の物語として読むだけでは十分でないことが分かる。多崎つくる本人も罪を犯した側の人間であるかもしれず、その読みはまた別の寓意的な読解の可能性へとつながっていく。それと同時に、本作は村上が以前から探究してきた治癒のテーマに焦点を当て、それを深化、発展させていったものだとも言える。本論の主眼は、多崎つくるの治癒の過程がある道筋を通っていることを証明することにある。その道筋とは、何世紀も前の錬金術師たちによって構想されたものであり、前世紀にはカール・ユングによって、その詳細が分析されたものである。