著者
水野 均 ミズノ ヒトシ Hitoshi MIZUNO
雑誌
千葉商大紀要
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.67-87, 2005-06-30

『朝日新聞』は1970年に日米安保条約が自動延長された後,「極東の範囲の明確化」や「事前協議制度の強化」等を,「日米安保条約を容認するための条件」として主張し続けた。しかし同紙は,それらを実現するための具体案を提示することはなかった。他方の日本政府は,「日本が安保条約で対米防衛義務を負わない代償としての対米便宜供与を続ける」形で日米安保条約を運用する方法を採り,同条約の自動延長が繰り返された。さらには世論のみならず,社会党等安保条約反対勢力の中からも,安保条約の「条件付き容認」論が提示されるようになった。しかし,その過程で日米両国間の防衛協力は,期限を延長したのみならず,適用範囲も日本の領域を越えて太平洋地域に拡大し,さらには部隊の共同作戦運用といった内容面でも強化されていった。それは日米安保条約が,「極東の範囲」や「事前協議」制度の対象及び拒否権に関わる曖昧さを残している以上,当然の帰結であった。