著者
檜枝 光太郎 高倉 かほる 小林 克己 MICHAEL Barr
出版者
立教大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

あらゆる放射線生物作用の初期過程は、低エネルギー電子線の作用に還元できる。しかし、低エネルギー電子線(10eVから数100eV)の照射実験は技術的に極度に困難であり、DNA分子に照射できる施設は、現在、英国グレイ研究所にしかない。一方、励起・電離等のエネルギー吸収モードを制御できる低エネルギー単色真空紫外線源として、我々が多くの業績をあげた東大学物性研軌道放射物性研究施設が閉鎖された現時点では、KEK・PFのBL-20Aが残されている。低エネルギーの電子線と単色光子は、放射線生物効果誘発機構を解明するためには相補的な役割を持つ。本研究は、日本と英国の専門家が協力して、おのおののグループが得意とする放射線源を用いて、DNA主鎖切断誘発機構を総合的に解明しようという国際協力研究である。得られた結果をまとめると、(1)15eV電子線によって1本鎖および2本鎖切断が、総量に対してほぼ直線的に誘発された。このことは1本鎖および2本鎖切断誘発の閾値が15eV以下であることを示す。特に2本鎖切断誘発の閾値が15eV以下であることが実験的に示された成果は大きい。(2)低エネルギー電子線は2本鎖切断を1本鎖切断の数十分の1の比率で誘発し、この比がγ線による比と極端に違わないことが示された。(3)低エネルギー単色光子によるDNA主鎖切断は、効率は極端に低いが4.3eVでも誘発された。この意味では主鎖切断誘発の閾値エネルギーは存在しないが、通常の定義に従えば10eV程度の閾値エネルギーが得られることが実証的に示すことができた。(4)単色真空紫外線をプラスミド水溶液に照射するための照射方法を開発し、水溶液中DNAの2本鎖切断が7eV程度でも誘発されることを明らかにすることができた。本研究によって、シュミレーション計算で用いるDNA主鎖切断誘発の閾値を決める際に参考にすべき重要な情報を得ることができた。