著者
Michael Annear Yasuo Shimizu Tetsuhiro Kidokoro
出版者
一般社団法人 日本運動・スポーツ科学学会
雑誌
運動とスポーツの科学 (ISSN:13421026)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.87-101, 2021-03-20 (Released:2021-04-08)
参考文献数
65

オリンピックの開催は,主催国における国民の身体活動量の増加を促進させる潜在的な可能性があるが,一方で,そのような身体活動レガシーに関する研究報告は,ほとんど行われていない.また,身体活動レガシーに関する研究では,肯定的な報告が極めて少ないが,研究のデザインや方法に限界があることも確かである.したがって,本研究では,東京オリンピックが開催される前段階において,スポーツイベント計画が国民の身体活動量の促進に必要とされる課題と方法について,複数の研究者によるコンセンサスを導き出すことを目的とした.〈方法〉国際的な最優良実践事例のガイドラインに従って,2018年度において,2段階の混合計画によるデルファイ法を用いた調査研究を実施した.調査には,世界の5つの地域から,合計27名の研究者(スポーツ科学,身体活動研究,オリンピック研究を専門とした各種の研究者)が参加し,多種多様な専門知識にもとづく知見が集められた.特に,日本を含むアジア太平洋地域から参加した研究者には,東京オリンピックに向けて検討しなければならない,地域的な問題に関する専門的な知見を求めた.〈結果〉本研究に参加した,複数の研究者たちから同意を得た見解(50%以上の回答率)により,5つのテーマと6つの所見に対するコンセンサスが得られたことが示された.研究者たちは,オリンピックによる国民の身体活動促進について否定的な見解を示しており,実体的な都市の基盤構造の整備とスポーツ関連施設の開発だけが推進されることを予測し,国民の身体活動量促進に関する長期的で戦略的な計画が不足していることを強調している.一方,専門家たちは,将来のオリンピック競技において,もしも適切な状況を整えることができるのであれば,国民の身体活動量の増加を達成できる可能性があることも示唆している.しかし,そのような成果を得るための条件として,政府からの持続的な財政的援助と身体活動量の測定指標を活用した長期的な調査および各関係者の支援が必要であることも断言している.オリンピックの開催による,国民の身体活動への影響を正確に把握するためには,研究者たちが,縦断的なコホート研究を適切な部分的な母集団に対して行う必要があるとも提言している.〈結論〉過去のオリンピックの大会開催においては,都市の基盤整備やスポーツ関連施設の開発が行われたが,国民の身体活動増進に関しては達成できていない.主催国の国民に対する具体的な成果を残すためには,戦略的な身体活動レガシーに関するマネジメントを長期的に実施する必要があり,ベースラインとなる身体活動量に関するデータを収集して縦断的に調査研究を行う必要がある.