- 著者
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小坂 美保
Miho OSAKA
- 雑誌
- 女性学評論 = Women's Studies Forum
- 巻号頁・発行日
- vol.31, pp.107-131, 2017-03-20
本研究は、近代都市公園という空間において「女性」がどのように表象されてきたのかについて明らかにしようとしたものである。具体的には、明治時代に誕生した日比谷公園に焦点をあて、女性が公園においてどのように過ごしていたのかを、錦絵に描かれた「女性」から分析することとした。錦絵は、明治期以降、視覚的イメージを流布する一つのメディアとして顕著な存在となっていった。明治維新後の文明開化の光景を視覚的情報として民衆へ提供してきた。言語的メッセージに比べ、視覚的メッセージである錦絵は、多くの人びとに日比谷公園という新しい空間を知らしめるだけでなく、そのような新しい空間において人びとがどのように過ごすべきなのかをも伝えたのではないだろうか。このような視点から、日比谷公園が描かれた7枚の錦絵を「女性」を中心に詳細な分析を行った。錦絵には、多くの女性が描かれていた。どの女性もきれいに着飾り、流行の装いをし、日比谷公園内を逍遥している。7枚の絵は、発行年をみると一番古いものから新しいものまで30数年の開きがある。しかし、7枚の絵に描かれる「女性」の姿は、髪型の違いや着物の柄の違いはあるが、大きな変化はみられない。男性の場合は、洋装や自転車に乗る人が描かれるようになっているのに対し、女性は、着飾り、こどもの手を引き、妻として夫についていく、という「型」からの逸脱がほとんどみられない。つまり、錦絵によって伝えられる「女性」のイメージは画一的である。このことは、公園という場所にふさわしい「女性」の「像」があり、人びとへの視覚的情報として「望ましい女性像」を浸透させていったのではないだろうか。日比谷公園をモチーフにした錦絵からは、女性がまさに近代都市公園にふさわしい「可視的な情報としての "身体"」として、目にみえるように図像化されていたといえる。