著者
皆川 厚一 Minagawa Koichi
出版者
神奈川大学 国際常民文化研究機構
雑誌
国際常民文化研究叢書7 -アジア祭祀芸能の比較研究-=International Center for Folk Culture Studies Monographs 7 -Comparative Study of Asian Ritual Performing Arts-
巻号頁・発行日
vol.7, pp.115-138, 2014-10-01

バリ島は、イスラム教徒が圧倒的多数を占めるインドネシア共和国にあって唯一ヒンドゥ教徒人口の多い島であり、歴史的にもイスラム伝来以前のヒンドゥ=ジャワ文化を継承し、同時に中国文化の影響を含むヒンドゥ以外の文化的事例も多く現存する地域である。 本論文ではそのバリ島の文化的事例のなかから3 例をとりあげる。これらはいずれも現地バリ島社会において「中国から伝わった」という認識が定説化しているものである。 ( 1 )中国銭 中国銭は紀元前後から広く東南アジア地域で流通していたとみられる。インドネシアでは13 世紀以降、東ジャワに興ったマジャパイト朝時代に宋・明との貿易を通じて大量の中国貨幣が流通していった。これらは当初、国際貿易上の通貨として用いられていたわけであるが、バリ島では歴史のある時点からそれが儀礼のアイテムとしてその価値と重要性を増していった。この穴あき中国銭のバリ社会における意味と儀礼的機能を考察する。( 2 )バロン・ランドゥンバロンは観光芸能としても有名であるが、獅子型だけでなく、人間型のものも存在する。それはバロン・ランドゥンと呼ばれバリ社会では祖先のトーテムでと考えられている。 これは夫妻一対の巨大な人形で、その妻のキャラクターが中国由来と信じられている。即ちバリ人は先祖に既に中国人の血が入っていることを認めているわけである。その由来に関する伝説等を検討し、バリ島民の祖先に対する認識の中にある「中国」を探る。( 3 )ガムラン・ゴング・ベリとバリス・チナ バリ島南部のルノン地区には中国起源とされるガムランの一種ゴング・ベリが伝承されている。これは一般的なガムランと異なり、太鼓、シンバルなどの打楽器を中心としたアンサンブルで、儀礼の際にはそれに法螺貝などが加わる。 このガムランによって伴奏される儀礼が、バリス・チナすなわち「中国のバリス」と呼ばれるもので、神懸かりを伴う祭祀芸能である。これを伝承する人々はいわゆる華人・華僑ではなく、何世代もバリに暮らすバリ人でありヒンドゥ教徒である。この音楽と儀礼の由来を調べることでバリ社会の中の中国文化の古層を探る。