著者
沼岡 努 NUMAOKA Tsutomu
出版者
新潟産業大学経済学部
雑誌
新潟産業大学経済学部紀要 (ISSN:13411551)
巻号頁・発行日
vol.50, pp.1-18, 2018-02

本稿の考察の対象は、合衆国南部アンティベラム時代の農村社会におけるいわゆる「中間層」にある。その大半をヨーマンリーが占めたことから、考察の中心はヨーマンとなる。アメリカ史における「中間層」およびヨーマンリーの定義、歴史的役割に関してはいまだに議論が多い。そこでこの小論では先ず「中間層」の中で数的優位を占めたヨーマンリーの研究史的回顧を試みた。ヨーマンの定義を耕地面積および奴隷数の観点からおさえた後に、実際のヨーマンの生活実態および彼らの経済活動を考察した。ヨーマンの生活は質素ではあったが困窮をきわめる程ではなく、作物栽培と家畜飼育を基軸とする自給自足的な経済的営みであった。剰余作物が出た際彼らは外界との接触、特にプランターとの取引をおこなった。ヨーマンは作物の生産、収穫物の処理等、様々な点で普段からプランターにある程度依存し、また協力を求めたが、一方のプランターも不足しがちな生活食糧を購入することができ、基本的には相互補完・協力関係を形成した。また、ヨーマンの中にはプランテーション経営の中核的役割を果たす奴隷監督に就く者もいた。この意味で南部ヨーマンのプランテーション社会における存在価値は高かったといえる。だがその反面、「中間層」に属する小売商人、酒場経営者たちの奴隷との非合法的取引はプランターの不安・恐怖の原因となり、地域コミュニティーにかなりの影響を与えた。