著者
野村 伸一 Nomura Shinichi
出版者
神奈川大学 国際常民文化研究機構
雑誌
国際常民文化研究叢書7 -アジア祭祀芸能の比較研究-=International Center for Folk Culture Studies Monographs 7 -Comparative Study of Asian Ritual Performing Arts-
巻号頁・発行日
vol.7, pp.19-66, 2014-10-01

祭祀は神を迎える行為である。神には中国でいう天神地祇(天地の神がみ)、人鬼(死者の霊魂)、祖霊などを含める。また朝鮮半島の雑鬼雑神、水中孤魂、妖怪(トッケビ)、日本でいう無縁仏や怨霊、悪霊も広い意味では神(かみ)である。これらの神(かみ)招きに伴う一定の身体行為を祭祀芸能とよぶ。それは狭義には神の振る舞い(神態かみわざ)だが、神(かみ)をよび招く特定の仕種、神歌、呪語の唱えも祭祀芸能である。東アジアではこうした祭祀芸能が多彩に展開されてきた。ところで、これを掬い取り、全体のなかに位置付けるためには基軸が必要である。筆者は先にそれを提示した(『東シナ海祭祀芸能史論序説』、2009年)。だが、批判も代案もなかった。それは何を意味するのか。祭祀芸能には庶民の精神世界が凝縮されているのだが、それを体系的にみようという意向がないということなのである。日本のアジア認識はまだ地域別、個別ということである。本稿ではそれを乗り越えるために新たに次のような基軸を設定した。全六章である。すなわち、「1.暦―神と暮らし」「2.担い手と伝承」「3.祭祀芸能の開始と末尾― 戯神、請神、神送り」「4.仏教、道教と祭祀芸能」「5.祭祀芸能の様態を特徴付ける要素 1)他界観の表現 2)祭場の光景 3)神・霊の表現 4)神のことば、祝願 5)性差 6)諧謔と悲哀 7)舞踊、振り、歌 8)火9)祭具」「6.まとめ―総括と課題」である。 以上のうち1 ~ 4 章はいわば総論、比較のための大枠提示である。一方、5章では個々の祭祀芸能の様態(芸態)を特徴付ける要素を取り上げた。これは各論に当たる。要素は仔細にみていけば限りがないが、ここにあげたものは基軸に準ずるものといえるであろう。6章では、課題として三点、記した。すなわち「1)東方地中海周辺地域と中国内陸部の文化の差異」「2)海、山、野の文化と祭祀芸能」「3)東アジア祭祀芸能の変容」である。1)は伝統的な比較の視点としていうまでもなく重要である。2)は、東方地中海周辺地域の文化を総体的に捉えるための視点である。琉球の御嶽(うたき)も朝鮮半島南部の堂山(ダンサン)も山(山神)、海(海神)とかかわる。つまり、この海域では「海、山、野の文化、とりわけそれらにかかわる祭祀は密接で不可分」なのである。3)では祭祀芸能の変容にとどまらない状況を「断絶した祭祀芸能の諸相」として述べた。都市はこの百年余り、一年中、「祝祭」をつづけるために神霊や無祀孤魂を語らないできた。しかし、その価値観は今、明らかに閉塞している。さいわい今日、東アジアの祭祀芸能はまだ基層のところで生きている。それを多くの人が想起できるようにしたい。基軸の提示はそのために必要である。これは本稿の結論でもある。同時にそれは容易ならざる課題でもある。
著者
野村 伸一 Nomura Shinichi
出版者
神奈川大学 国際常民文化研究機構
雑誌
国際常民文化研究叢書7 -アジア祭祀芸能の比較研究-=International Center for Folk Culture Studies Monographs 7 -Comparative Study of Asian Ritual Performing Arts-
巻号頁・発行日
vol.7, pp.19-66, 2014-10-01

祭祀は神を迎える行為である。神には中国でいう天神地祇(天地の神がみ)、人鬼(死者の霊魂)、祖霊などを含める。また朝鮮半島の雑鬼雑神、水中孤魂、妖怪(トッケビ)、日本でいう無縁仏や怨霊、悪霊も広い意味では神(かみ)である。これらの神(かみ)招きに伴う一定の身体行為を祭祀芸能とよぶ。それは狭義には神の振る舞い(神態かみわざ)だが、神(かみ)をよび招く特定の仕種、神歌、呪語の唱えも祭祀芸能である。東アジアではこうした祭祀芸能が多彩に展開されてきた。ところで、これを掬い取り、全体のなかに位置付けるためには基軸が必要である。筆者は先にそれを提示した(『東シナ海祭祀芸能史論序説』、2009年)。だが、批判も代案もなかった。それは何を意味するのか。祭祀芸能には庶民の精神世界が凝縮されているのだが、それを体系的にみようという意向がないということなのである。日本のアジア認識はまだ地域別、個別ということである。本稿ではそれを乗り越えるために新たに次のような基軸を設定した。全六章である。すなわち、「1.暦―神と暮らし」「2.担い手と伝承」「3.祭祀芸能の開始と末尾― 戯神、請神、神送り」「4.仏教、道教と祭祀芸能」「5.祭祀芸能の様態を特徴付ける要素 1)他界観の表現 2)祭場の光景 3)神・霊の表現 4)神のことば、祝願 5)性差 6)諧謔と悲哀 7)舞踊、振り、歌 8)火9)祭具」「6.まとめ―総括と課題」である。 以上のうち1 ~ 4 章はいわば総論、比較のための大枠提示である。一方、5章では個々の祭祀芸能の様態(芸態)を特徴付ける要素を取り上げた。これは各論に当たる。要素は仔細にみていけば限りがないが、ここにあげたものは基軸に準ずるものといえるであろう。6章では、課題として三点、記した。すなわち「1)東方地中海周辺地域と中国内陸部の文化の差異」「2)海、山、野の文化と祭祀芸能」「3)東アジア祭祀芸能の変容」である。1)は伝統的な比較の視点としていうまでもなく重要である。2)は、東方地中海周辺地域の文化を総体的に捉えるための視点である。琉球の御嶽(うたき)も朝鮮半島南部の堂山(ダンサン)も山(山神)、海(海神)とかかわる。つまり、この海域では「海、山、野の文化、とりわけそれらにかかわる祭祀は密接で不可分」なのである。3)では祭祀芸能の変容にとどまらない状況を「断絶した祭祀芸能の諸相」として述べた。都市はこの百年余り、一年中、「祝祭」をつづけるために神霊や無祀孤魂を語らないできた。しかし、その価値観は今、明らかに閉塞している。さいわい今日、東アジアの祭祀芸能はまだ基層のところで生きている。それを多くの人が想起できるようにしたい。基軸の提示はそのために必要である。これは本稿の結論でもある。同時にそれは容易ならざる課題でもある。