著者
今野 哲也 Tetsuya Konno 国立音楽大学音楽研究科
雑誌
音楽研究 : 大学院研究年報 (ISSN:02894807)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.123-138, 2010-01-01

本研究は、アルバン・ベルク(Alban Berg 1885-1935)の《4つの歌 4 Lieder》作品2(1909-10)より、第2曲「眠っている私を運ぶSchlafend tragt man mich」、および第3曲「今私は一番強い巨人を倒した Nun ich der Riesen Starksten uberwand」の2曲について考察するものである。ベルクは、作品2の第4曲「微風は暖かくWarm die Lufte」から無調性へと移行したと言われていることからも、この第2、3曲は和声語法上の転換点として捉えられる。しかし実際に分析を進めてみると、従来の方法での和声分析が充分可能であることが分かった。本稿の目的は、和声分析を主な観点としながら、詩の内容と関連させながら考察を進め、この2曲がどのような楽曲構造を形成しているのかを明らかにしてゆく事である。尚、研究方法は、調性作品として分析が可能であることから、島岡譲(Yuzuru Shimaoka 1926-)分析理論を基本的に用いることとする。歌詞はドイツ生まれのユダヤ人、アルフレート・モンベルト(Alfred Mombert 1872-1942)の連作詩、『灼熱する者Der Gluhende』(1896)全88編の中から選ばれている。モンベルトは表現主義の過度期の作家として分類され、ニーチェ(Friedrich Nietzsche 1844-1900)からの影響も指摘されている詩人である。第2、3曲の詩を考察してみると、ロマン派までの文学で慣用的に用いられてきた言葉と共に、ニーチェに関連していると思われる言葉も多く見出される。こうした言葉は、和音のひびきや動機の技法によって緻密に表現されており、本稿はこの観点からの考察も進めてゆく。ところで、作品2の分析を進めてゆく過程で、第2、3曲は、構想の段階から、2曲で1つの楽曲構造を形成しているという結論に達した。両者の構造を個別に見てみると、第2曲は「es→Es→Es-As」の3部構造、第3曲は「as→d -F→es-Es」の3部構造となり、それぞれ開始する調とは異なる調で終結する事となる。そこで、第2、3曲がペアで1つの構造を形成していると仮定し、両者の主調をes-mollで一貫させて考察してみると、「es→ Es→Es-As|as→d F→es-Es」という構造が浮かび上がってくる。つまり、中間に位置する「As|as」は、主調に対するⅳ度調として機能しているという解釈が可能となる。こうした楽曲構造と詩の内容とを関連させて考察した結果、主人公が眠りにある状態が描かれている場面では基本的にes-moll(Es-dur)が、アクティヴで覚醒状態にあると思われる場面ではas-moll(As-dur)、そして再び眠りにとらわれてゆく場面では再びes-moll(Es-dur)へと回帰してゆくという見解を持つに至った。本稿の締めくくりでは、以上の分析結果を踏まえながら、作品2全体と、ベルクの初期語法について敷衍する。