著者
辻善之助 編
出版者
三教書院
巻号頁・発行日
vol.第11巻 尋尊大僧正記 163-188, 1936

言及状況

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程度の問題ですね。 他の方の回答にある一条家の中には土佐に土着した例があった、と言うのは見方を変えれば、土佐の所領は維持されたって事でもあります。元関白九条政基には所領の和泉国日根荘に住んで荘園管理の実務を自ら行った時期があり、かつての摂政関白からしたら思い切り情けない状態ですが、それでも応仁の乱から二十数年経った時点でも守るべき所領は残っていた、って事に他なりません。 摂関家 ...
仰りたいのは、『天皇から征夷大将軍と言う役職を与えられた事が、支配者としての正統性の源であるはず。天皇の権威を貶めるのは自己矛盾』って事ですよね? 幕府と朝廷の間の緊張関係がほぼ解けたのは家光の頃です。徳川家康は後陽成天皇の後継を誰にするかにも介入していますが、後で申し上げる様にこれはまだ慣習に背いていない方で、紫衣事件は天皇の勅許を後で幕府が否定したもので、それも僧侶に権威付けをしてや ...
>征夷大将軍は帝の命を受けて就任するはずです。 >源氏は天皇の臣下ですから。 まぁ、形式って言うか外見は確かにそうではありますが、実際には『天下の実権を握る者は天皇に指図出来る』と考えられていたからこそ、実際に指図した訳でして… >諸国大名はそこまで家康に隷従したのでしょうか。 むむ?家康が天皇に指図したのを各大名は文句を言わなかったのは ...

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