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図名は裏面裏書による。間宮林蔵の測量記録にもとづき幕府内部で作成されたものとみられる。幕府による蝦夷地の再直轄化に関連する安政ごろのものか。「間宮氏実測」という表現は「北蝦夷地分間図」と同じである。間宮の測量にもとづく高橋景保編の「蝦夷図」「日本図、蝦夷」(当館所蔵)と海岸線の形は類似するが小異もある。根室湾と国後島、色丹島辺がやや異なる。また「蝦夷図」は「はめこみ図」の形で遠望のウルップ島まで描くが、本図はエトロフ島西端部まで。間宮林蔵は伊能図への測量記録提供(文化14年ごろ)後も文政4年(1821)まで蝦夷地での測量を続けており、亀田半島、天塩川、阿寒湖周辺など道東部一帯など、伊能図の北海道に比べると内陸部に増補部分がみられる。増補は文政9年、10年ごろとされる高橋の図にも見られる。海岸線は墨、測線とみられる線は内陸部を通るもののみ朱線で表示されている。会所、番所、舟泊(規模別)、漁猟場、潮瀬など記号凡例は26種におよび、「蝦夷地」の範囲に関する付箋が3か所にある。

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