1 0 0 0 OA 竹実記

著者
白雲山人 著
出版者
金屋吉兵衛
巻号頁・発行日
1832

天保3年(1832)の春、飛騨高山周辺の山々でクマザサが開花・結実し、量は25万石にも及んだ。著者は笹・竹の実は毒だとか、凶作の兆しという説を否定し、実を役立てることを説く。附録の笹魚の図に「荏野翁」(えなおう)の署名があるので、著者は高山の国学者・荏名神社社司の田中大秀(おおひで、1777-1847:号の一つが荏野翁)の可能性が高い。嘉永3年(1850)5月、『竹実記』がふたたび刊行された。版元は天保3年版と同じである。特1-2339本がその嘉永本で、『本草関係図書目録』は単に「天保三年版ノ後刷」というが、実際には天保3年の干支「壬辰」を嘉永3年の「庚戌」に直し、本文中の地名「高山の府」を「山城大和」等々と、字句を入れ替えている。救荒書『饑年要録』(特1-867)によると、この年、信州で篠(ササ)の実が多く実ったというので、畿内でも似た状況があって再出版したのかもしれない。(磯野直秀)

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@newskankyobu 竹実記には、男も女も子どももみんなで笹の実を大量に集めていた絵図が残っていたりします。生活がかかってるので、集めている量、すごいです。 https://t.co/CJNWKuFTI9

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