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『(校訂増補五十音引)勅撰作者部類/國学院編/六合館/明治35.5』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992685/58 <58/158>(106頁上段) 「時文」の項目には、 【後拾】哀 一 雜四 一 【續後撰】秋下 一 【續古】秋上 一 賀 一 と記されていますので、 『後拾遺和歌集』に二首、『続後撰和歌集』に一首、『続古 ...

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『(校訂増補五十音引)勅撰作者部類/國学院編/六合館/明治35.5』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/992685/58 <58/158>(106頁上段) 「時文」の項目には、 【後拾】哀 一 雜四 一 【續後撰】秋下 一 【續古】秋上 一 賀 一 と記されていますので、 『後拾遺和歌集』に二首、『続後撰和歌集』に一首、『続古今 ...

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勅撰作者部類 https://t.co/xm6My4ngkm に、「重如 六位 山口 河内国人」とある。住吉社の遷宮は20年に一度とのこと https://t.co/rHHlFeFKIS 。
六條斎院宣旨は「禖子内親王家女房 左馬頭源頼国女」 https://t.co/RXOU3mX8Vz 。源隆国の妻「六条斎院宣旨について知りたい」 https://t.co/XUNZ1fecy2 。
かづく、潜く、あるいは、被く(錦から)。にしきのうら、は日本書紀巻三 https://t.co/Pk8VBDmSQh に「至熊野荒坂津 亦名丹敷浦」と出る場所が想定されているか。また道命は「天王寺別当」 https://t.co/W5NLVo5N7O のため歌がここに置かれたか。
国房「五位石見守 玄蕃頭藤原範光男 至永保四七」 https://t.co/NolwJuPsJs 勅撰作者部類。 この集の冬、恋一、恋三、恋四、雑三の巻に各一首。
良暹「法師叡山祇園別当」 https://t.co/yLDLFCAIpQ 素意「法師俗名紀伊守重経」 https://t.co/qUMpZp0yKC 大原 朧の清水 https://t.co/wpLtd7qbgz
良暹「法師叡山祇園別当」 https://t.co/yLDLFCAIpQ 素意「法師俗名紀伊守重経」 https://t.co/qUMpZp0yKC 大原 朧の清水 https://t.co/wpLtd7qbgz
小右記長和二年延暦寺檀那院律詩懐寿が花山天皇御願寺を破壊させた、日本紀略万寿三年四月廿八日前権少僧都懐寿卒 https://t.co/1LJC2XkK21 。 懐<園>は「叡山法師 筑後守源道済子」(勅撰作者部類 https://t.co/b39IMEf0Wu )
義定は「六位 藤原定通男」 https://t.co/vM3m0z3RTx 。あるいは、定通の孫に「義宣(定イ)大炊助」 https://t.co/ghUdaiGHtb 。
元真は勅撰作者部類に「五位丹波介 甲斐守藤原清雅男」 https://t.co/oppp3BgOEq とあるが尊卑分脈では清邦の子とされており、兄弟は記されていない。なお、この元真集では「はらからの身のしづむよしよめる」 https://t.co/koXYwC7LTm 。
道信は四位左中将 藤原桓徳公男 http://t.co/KCDO3jN9cy 。桓徳公は師輔の子為光。道信の歌は後拾遺集に11首載っており、これはその最後。
土御門御匣殿は「三條院皇后宮女房 大蔵卿藤原正光女」 http://t.co/A3XTNo63F3 。 この集に以前出ていた歌は http://t.co/pxJGN0g7zP 。
上総大輔は「後一條院女房 春宮大進成行女」http://t.co/KnfncxNZCK 。昆陽池など http://t.co/hneBhOi4oD 。
朝範 「因幡守平棟仲子」 http://t.co/Nvtt0wbutZ
勅撰作者部類 http://t.co/4iXxPCsK3l では長国は「五位肥前守 大隅守中原重頼男 天喜二年十二月卒」とあるので{後拾遺 11 0658}の政義 http://t.co/dsSgt2X13a の兄弟か。(続く)
資良は能通の甥 http://t.co/kslY5qwlhc 尾張守。少将内侍は「白川院女房 能登守実房女」 http://t.co/wIrLdDThw2 。名は保子、母は祭主輔親女 http://t.co/nX2wL4zPav 。園韓神社は大内裏にあり年二回祭が行われた。
「四條宰相 四條中宮女房」 http://t.co/QtAm0rmYbv 。「岩」には、諟子(しし、ただこ、円融天皇中宮遵子の妹、頼忠むすめ)に仕えたこと、弟に大安寺別当明祐法師という方がいること、出自家と頼忠につながりのあったらしいことを記している。
「下野 下野守源政隆女」 http://t.co/QtAm0rmYbv 。
橘俊綱(1028-1094)は藤原頼通の子。http://t.co/IrBg7PTpHW 近衛姫君は勅撰作者部類 http://t.co/PjdD4H5xw2 に「中納言帥経房女 又希代名也 続千載岩倉姫君忠房親王妹撰之歟」(後半のつながり不詳)
岩によると、「あさみどり」は男の心の浅さを言ったものという。拾遺和歌集春 http://t.co/8ICIdLOZ5C 「菅家万葉集の中 浅緑のべの霞はつつめども こぼれてにほふ花さくら哉」 新左衛門は中原散位経相女 http://t.co/QtAm0rmYbv 。
少将井尼(せうせうゐのあま)。http://t.co/wIrLdDThw2
中務典侍は、三條院皇后宮女房 大和守藤原興方女。 http://t.co/d1mhI02bFU
おろしこむ、は下し籠む。御簾や蔀を下ろして籠ること。藤原隆方は「四位 備中守藤原隆光男 承暦二十二卒」 (承暦二年十二月の意か) http://t.co/ZoyYzgqBlM 。 http://t.co/7nak5H6RU8
聖梵 法師 東大寺 http://t.co/nUpyIN8ZdY 。山は延暦寺。
選子内親王(964-1035)に仕えた二人は「齋院長官為理女」 http://t.co/B3QIv7nicV という。
盛少将は、蔵人式部丞貞孝女 http://t.co/B3QIv7nicV 。従ってかつて「或申?」としていた文字は「式部丞」と知られた http://t.co/vpMxXj96nG 。
大和宣旨は三條院太皇太后宮女房 中納言惟仲女 大和守義忠が妻たるがゆえ大和と号す http://t.co/imQeA8G4aK 。藤原定頼(995-1045)への歌はこの集にもう一首出ていた http://t.co/lr1cgsufdH 。
小弁は「祐子内親王家女房 越前守懐伊女」懐尹 http://t.co/xHNk1lAk7t 。祐子内親王家紀伊の母。益田池は http://t.co/ekO8jxG9yQ 。
有親 五位内匠頭 伊予守藤原定尹男 至長保三年 http://t.co/JsBb1jitL2 勅撰作者部類
中原致時の子貞清 http://t.co/TgBaaiBJX6 の子頼成(-1079) http://t.co/HqsIEEx71D の妻。岩には菅原為言 http://t.co/umROGC4rXV のむすめであると。
元真は「五位丹波介 甲斐守藤原清雅男」http://t.co/oppp3AZdMS 。
公円法師母は「二條関白女 母小式部内侍」 http://t.co/xHNk1lAk7t 。二條関白は教通(996-1075)。のちに、公円法師母のむすめは定頼(995-1045)の子経家(1018-1068)の妻になっている。
馬(むま)内侍「一條院皇后女房 大和守時明女」(勅撰作者部類 http://t.co/imQeA8G4aK)。
皇太后宮陸奥「陸奥守藤原朝光女」http://t.co/P0AXSFxxlJ 。朝光は実方の子朝元(-1031)か。大和守藤原成資は庶成の子、母大外記忠輔女というこの方 http://t.co/Thu1PX8oRt か。
「野中にみゆるわすれぐさ 水たえだえをなげくころかな」(早)。大和宣旨は「三條院太皇太后女房 中納言惟仲女 大和守義忠為妻之故号大和」http://t.co/imQeA8G4aK
叡覚は右小弁定成子 俗名信綱 http://t.co/bGKzLFdUKG (勅撰作者部類)。
藤原実方(-999)。 小弁と云人にことひと物いふとききて  浦かぜに なびきにけりな さとのあまの たくものけぶり こころよはさは http://t.co/ZP6Z4p4et8 実方中将集 小弁は越前守懐伊女 http://t.co/xHNk1lAk7t 。
祐子内親王家紀伊 散位平経重女 http://t.co/U51ROqrFkB (勅撰作者部類)。
国房 「五位石見守 玄蕃頭藤原範光男 至永保四」(1084) http://t.co/NolwJuPsJs 勅撰作者部類。袖師の浦の候補地はいくつか考えられているらしい。うつせ貝は貝殻、むなしを引き出す。
伏見の修理のかみ、橘俊綱(1028-1094)の記述はこのあたり http://t.co/culfQ4XxEk 今鏡第四ふぢなみの上。中原正義は、五位大外記 大隅守中原重頼男 至永承二(1047) http://t.co/VSS74Ve8Ix 勅撰作者部類。
小弁は「祐子内親王家女房 越前守懐伊女」http://t.co/xHNk1liJfV 勅撰作者部類。「思ひしる」は「岩」では「わかってくれる」と解釈。あぢきなし、思うようにならない・つまらない。て(完了つ未然)む(推量)、は強い推量または意思。
人、想う人。つらさ、薄情さ。「岩」では、なす、せいにする、と解釈。兼盛 五位駿河守 兵部大輔平篤行男 至天元二年 http://t.co/TIMg7bzEQg 勅撰作者部類
政成 五位式部大丞 越後守源経任男 永保二年卒 http://t.co/VSS74Ve8Ix 勅撰作者部類
通頼 五位右衛門尉 左少弁藤原雅成男 至正暦四年 http://t.co/38znbzlDIg
則成 「五位周防守 備後守源道成男 至万寿三」http://t.co/mpf2fs8o71 勅撰作者部類
馬内侍(むまのないし)http://t.co/imQeA8G4aK は一条院皇后宮女房 大和守源時明女。しらぬ、に沼(ぬ)、ぬなは(蓴、沼縄)のぬ、がかかっている。
「かかるそでには」(國)。(寛徳二年正月 1045)太上天皇(後朱雀)春秋三十七 於東三條第崩。 http://t.co/sm7EUuVyjF 扶桑略記 前年に疾疫流行、天皇は暮から体をこわしていた。作者は勅撰作者部類http://t.co/4uWgZazp6Z に東三條兼家女。
藤原道信は「正暦五年廿三卒」(勅撰作者部類 http://t.co/KCDO3kDWAK )とのこと。
高階成棟、永業、康資王母、筑前乳母、源兼俊母らの父は成順 http://t.co/yQMZ9pJQUe 。中宮内侍は伊賀守藤原有家のむすめ http://t.co/xEC1DHVfhO 。すでに出ている歌は https://t.co/fGtoZhRoP1 。
伊賀少将は藤原顕長のむすめ。その人の歌はすでに出ており https://t.co/6lkItizgtn 、後冷泉院乳母というはなしもある http://t.co/AaVj64xkgk 。前中宮出雲は藤原成親のむすめ http://t.co/PBGVIXoRzr 。
伊賀少将は藤原顕長のむすめ。その人の歌はすでに出ており https://t.co/6lkItizgtn 、後冷泉院乳母というはなしもある http://t.co/AaVj64xkgk 。前中宮出雲は藤原成親のむすめ http://t.co/PBGVIXoRzr 。
小侍従命婦は加賀守藤原正光女 http://t.co/xHNk1lRVfx 。
正言 五位大学大允 大隅守大江仲宣男 至寛仁五年(1021) http://t.co/VSS74VvJQB
節信 四位河内守 藤原 至寛徳元年(1044) 勅撰作者部類 http://t.co/fnc76VHKzn
中原頼成妻が{後拾遺 1 0037}に出ている http://t.co/1ZyCwLxmfR 。五位淡路守 主税頭中原貞清男 至承暦三 http://t.co/Lv1l1lukKX

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編集者: Bcxfubot
2021-12-19 01:55:50 の編集で削除されたか、リンク先が変更された可能性があります。
編集者: Toshinari bot
2020-09-08 00:17:21 の編集で削除されたか、リンク先が変更された可能性があります。

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