著者
西野 春雄
出版者
野上記念法政大学能楽研究所
雑誌
能楽研究 : 能楽研究所紀要 = Nogaku kenkyu : Journal of the Institute of Nogaku Studies (ISSN:03899616)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.197-210, 1999-03-30

平成九年(一九九七)の能楽界は、鏡板の松の絵をめぐって老松か若松かとマスコミの話題をにぎわした名古屋能楽堂が、四月、名古屋城正門前にめでたく竣工し、開館したことを初めとして、各地で能楽堂の建設への動きが続出していることが特筆される。名古屋能楽堂は平成八年春に開場した横浜能楽堂に続く能楽界の慶事で、このほか豊田市能楽堂(豊田参号館8階)・新潟市市民芸術文化会館能楽堂など、地方での能楽堂建設の動きは活発である。一方、一月に関根直孝氏・善竹圭五郎氏、二月に藤井久雄氏・鵜澤雅氏、三月に奥善助氏・鵜澤壽氏、四月に寺井啓之氏・敷村鐵雄氏、六月に櫻間辰之氏・野村祐丞氏、七月に田中正夫氏、十月に瀬尾乃武氏、十二月には筧三男氏と、シテ方・囃子方・狂言方、そして能楽写真家と、訃報が相次いだ年であった。詳しくは物故者の欄を読んでいただきたいが、時代の変わり目という感を強くするとともに、能界を支えて来られた長老の方々の死を悼み、働き盛りの役者の急逝を悲しみ、無念の思いで見送った。日本能楽協会の会員数も、ここ数年、流儀にもよるが少しづつ減少化の傾向にある。能楽の発展にとって適正規模なら問題はないが、必ずしもそうとは言えない面もあり、後継者の育成は愁眉の急であろう。ところで、私事にわたって恐縮ながら、筆者は平成八年四月中旬から平成九年四月中旬までの一年間、法政大学在外研究員としてヨーロッパに留学し、ロンドンとパリを拠点にヨーロッパの博物館・美術館を回り、在外能楽面の調査を進め、一年ぶりに帰国したので、平成九年四月中旬までの動きは直接には分からない。ヨーロッパ滞在中、時々耳にする日本の政治・経済・社会状況(汚職報道・凶悪事件の続出)などから、日本はこのままでいいのかという危惧をしばしば抱いたが、帰国後、消費税が五パーセントに上がっていたり、社会党がなくなっていたりと、驚くことが多かった。久しぶりに見た能・狂言からも、正直言って本当にこれでいいのか、大事なものを忘れたり失ったりしてはいないか、と思うことが多かった。もし繁栄の真只中にあるとしても、真の繁栄といえるのか、とにかく帰国直後の観能体験は、決して心地いいものではなかった。能楽界も、危機意識の希薄な「日本の平和」そのものにどっぷりつかっている。しかし、数カ月鑑賞を続けているうちに、いいものを観たという感動もあった。そして、先人たちが苦労しながら守り伝えて来た能楽は、やはり大切に守り、次代へ送りたいものだと感じた。以下、しばらく能・狂言を見ないで過ごした人間が、久しぶりに見聞した平成九年の能界の様相や出来事を、記録を中心に概観し、二十世紀も終わりに近い能界を展望することにしたい。

言及状況

外部データベース (DOI)

Wikipedia (1 pages, 1 posts, 1 contributors)

編集者: Yamamomo kakijiro
2023-03-17 06:08:17 の編集で削除されたか、リンク先が変更された可能性があります。

収集済み URL リスト