- 著者
-
関家 ちさと
Chisato Sekiya
- 出版者
- 学習院大学
- 巻号頁・発行日
- 2018-03-31
日本では、新卒者を専攻を問わず採用し、長期のOJTとOff-JTを通して育成する人材育成(本研究では企業内養成訓練とよぶ)が人材育成の中核にあり、人事管理はこの企業内養成訓練を前提として形成されている。従来の研究では、日本型の企業内養成訓練は、高度で豊富な知識をもった人材を生み出しており、日本の競争力の源泉とされてきた。しかし近年、職場の人員削減などによって現場の教育環境が悪化し、企業内養成訓練が十分に機能していない可能性が指摘されている。もし、日本型の企業内養成訓練が社員を効果的に育成できず再編が避けられないとすると、それを基盤に形成されてきた日本型人事管理の改革は避けられない。つまり、わが国企業の人事管理の将来を考えるうえで、日本型の企業内養成訓練の特徴と有効性について研究する意義は大きい。しかしながら先行研究をみると、日本型の企業内養成訓練とくに基幹職(いわゆる「総合職」)の企業内養成訓練に焦点を当てた研究は限られ、①企業内養成訓練の実態が十分に把握できていない、②企業内養成訓練の効果が実証的に明らかにされていない、③企業内養成訓練と人事管理との関係性が十分に検討されていない、という現状にある。そこで、本研究は基幹職の企業内養成訓練に焦点をあて、フランスとの比較から以下について明らかにする。①日仏の企業内養成訓練の特徴を明らかにする。②両国の企業内養成訓練の有効性を評価する。③企業内養成訓練を補完する両国の人事管理の特徴を明らかにする。なお、フランスを比較対象としたのは、「資本主義の多様性」の研究によって、フランスは人事管理の基盤となる雇用システムが日本と共通していることが明らかにされているからであり、これによって日本型の企業内養成訓練の国際的な特徴を鮮明に捉えることができると考えている。企業内養成訓練の特徴は、就業1年目~10年目までの「仕事経験」と「OJT・Off-JTからなる訓練経験」から把握する。企業内養成訓練の効果は、就業10年目と課長職の時点で、「どの程度重要な仕事を担当する人材に育成されているか」という視点から把握する。この「仕事の重要度」は、a.仕事の幅、b.仕事の難易度、c.仕事の裁量度の面から、独自開発した仕事分析表を用いて定量的に評価する。本研究は大別して①企業内養成訓練に関する個人調査と、②人事管理に関する企業調査からなる。個人調査は基幹職の人事スタッフを対象とし、主に「大学での教育経験」と、就業1年目~10年目までの「仕事経験と訓練経験」について、ヒアリング調査(日本20人、フランス14人)とアンケート調査(日本34人、フランス17人)を行った。なお、人事スタッフを対象としたのは、国や産業を超えて業務内容に大きな違いがないためである。企業調査は従業員規模1,000人以上の企業を対象とし、基本的な人事制度について、ヒアリング調査を行った(日本7社、フランス7社)。調査は日本、フランスにおいて、それぞれの言語で実施した。以上の研究課題と方法に基づいて、本論文は本編(第I編~第IV編)と、附属資料の事例集(第I編~第II編)、添付資料の調査表から構成される。本編の第I編は2部構成で、第1部で本研究の背景、問題意識、分析枠組みを提示し、調査対象や調査・分析方法について論じる。さらに第2部で、先行研究の成果を整理し、既存研究の限界と本研究の重要性を明確にする。第II編は2部構成で、第1部で日本の企業内養成訓練、第2部でフランスの企業内養成訓練について分析する。第III編は2部構成で、第1部で日本の人事管理、第2部でフランスの人事管理について分析する。第IV編は3部構成で、第1部で両国の企業内養成訓練を比較し、それぞれの企業内養成訓練の特徴を明らかにするとともに、その有効性を評価する。第2部で両国の人事管理を比較し、各国の人事管理がどのように企業内養成訓練と関わっているかを明らかにする。第3部で、両国の企業内養成訓練の強みと弱みを包括的に評価し、本研究の成果をまとめる。そして最後に、本研究が既存研究や実務に与える貢献と、残された課題を整理し、今後の研究の方向性を提示する。主な研究結果は以下のとおりである。第一に、両国の企業内養成訓練の特徴的な違いとして、つぎの3つが指摘できる。①養成訓練の開始時期の違いであり、日本は就職後から養成訓練が始まるのに対して、フランスは高等教育機関の在学中から学生個人によって養成訓練が始まる。②人材育成方針の違いであり、日本は多能型の人材育成策をとり、10年間の前半に「仕事の幅」が拡大するが、フランスは専門職型の人材育成策をとり、前半は特定の範囲に限定してキャリアを築き、人事課長に昇進する後半に「仕事の幅」が急拡大する。③訓練主体、訓練機会、訓練方法の違いであり、日本は初期能力が十分な水準にないため、企業が主体となり豊富な訓練機会を一律に提供するのに対し、フランスは在学中の養成訓練を通して即戦力に育った人材を採用するため、就職後の訓練機会は限定的であり、基本的には個人による能力開発が中心で、訓練は業務上必要な場合に限って個別に提供される。第二に、日本型企業内養成訓練の有効性を評価すると、日本企業は専門知識や実務経験がない新入社員を、段階的な仕事の高度化と手厚いOJTとOff-JTによって多能的な人材に育成できている。しかしその育成スピードをみると、フランスに比べ5年ほど遅く、養成にかかるスピードに課題がある。第三に、両国の企業内養成訓練を補完する人事管理の特徴はつぎのとおりである。日本は多能型の人材育成に対応し、採用では専攻を問わず、職種を限定しない新卒一括採用をとる。社員格付け制度は、将来的に柔軟に「仕事の幅」を拡大させられるよう職能等級制度が用いられる。基本給は職能等級に対応し、職務能力に対して報酬は支払われる。教育訓練をみると、新入社員のみならず非管理職にはOJTと多数の階層別研修を実施し、多能型人材に育成する。これに対してフランスは、専門職型の人材育成に対応し、採用は専攻を加味した職種別採用の方法がとられる。社員格付け制度では、職務の重要度によって社員の序列を決める役割等級制度をとる。基本給は役割等級に対応し、役割に対して報酬は支払われる。新入社員を含め非管理職層への教育訓練は限定的であり、職務に必要な能力が欠けている場合に限って、個別に訓練する。以上の研究成果は、大卒ホワイトカラーのキャリアに関する代表的な国際比較研究である小池(2002)理論を実証的に裏付けるとともに、日本が他国に比べて「遅い昇進」である理由を明らかにした点で、研究上の貢献がある。さらに、本研究が独自開発した「仕事の重要度」の分析枠組みとその評価方法は、客観的な測定が難しいキャリアや人材育成に関わる研究に、一つの方向性を示すことができた。また実務上の貢献として、日本の企業内養成訓練が養成スピードの面で課題があることを初めて実証的に明らかにし、日本企業に現状の企業内養成訓練を再検討することの重要性を示した。さらに、フランスの企業内養成訓練と人事管理の特徴を明らかにしたことで、日本企業が具体的な改革策を作成する際の素材を提供した。ただし、本研究には次の課題が残されている。まず調査研究の方法上の課題として、調査対象とする国や職種、キャリアタイプを拡大して同様の研究を行い、本研究で得られた成果をより一般化した知見とする必要がある。また本研究では、能力水準の測定に個人の業績を考慮していないため、企業内養成訓練の効果の測定方法も改善する必要がある。つぎに、理論的な貢献からみた課題として、先進国の雇用システムを分類した代表的な研究であるMarsden(2007)理論への挑戦がある。同分類はブルーカラーに対する実証研究に基づいて行われたものであり、ホワイトカラーにも同様の分類が適用可能であるというMarsdenの主張には、日仏ホワイトカラーの実証研究である本研究からすると疑義が残る。しかし、本研究では十分に同分類の適用可能性について明らかにできないため、今後の課題としたい。さらに、各国の企業内養成訓練はその企業を取り巻く外部労働市場と整合的に形成されていると考えられるため、今後は両者の関連性にまで視野を拡げて国際比較研究を行う必要がある。