著者
諏訪 春雄
雑誌
調査研究報告 (ISSN:09196536)
巻号頁・発行日
no.37, pp.22-36, 1992-03-01

上田秋成の名作『雨月物語』「蛇性の婬」の女主人公真名児は蛇の身でありながら、人間の男性に恋し、姿を変え、形を変えて付きまとうが、最後には紀伊国の道成寺の法海和尚の法力によって退治されてしまう。そこには蛇を忌避して、蛇と人間との恋愛など許されるはずもないとする仏教的な畜生観が反映している。このような蛇を忌避する思想はこの作の典拠となった中国明代の白話小説にもはっきりとあらわれており、秋成はその思想に共鳴して、自作に取り入れている。しかし、中国の江南地方には紀元三世紀のころまで呉、越の国が栄えており、ことに越の人々は蛇を祖神としてあがめていた。臼蛇と人間の若者との恋を主題とする白蛇伝や同じく蛇と人間との愛をあっかった蛇郎伝説などは、この越の人々によって生み出され、かれらによって中国全土にひろめられていった。それらの伝承の世界には知識人の手になる白話小説などには見られない蛇に対する崇拝の情がある。この江南の蛇信仰は呉、越の人々の日本移住とともに日本へも伝えられた可能性が強い。縄文から弥生にかけての時代に行われていた蛇巫は現在も江南の地に存在するし、中国の蛇郎伝説は日本の蛇婿入りの昔話となり、「蛇性の婬」に結晶した白蛇伝もかなり早い時期に中国から輸入され、昔話の世界で日本的に変容していたとみることができる。

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