- 著者
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島 義夫
- 雑誌
- 論叢:玉川大学経営学部紀要
- 巻号頁・発行日
- vol.2012, no.18, pp.15-32, 2012-07-31
大手銀行が中心となって中小企業向けに販売した為替デリバティブの巨額損失に関する紛争が裁判やADR(Alternative Dispute Resolution裁判外紛争処理手続き)に持ち込まれる例が急増している。これらの為替デリバティブ商品は、円安期間に「円安ヘッジ」目的で販売され、2008年リーマンショックを契機とする急激な円高で巨額損失が発生している。現在も、1万社を超す中小企業が、本業の黒字が為替損失で相殺され資金繰りにも困窮している。そして、その含み損により債務超過状態や倒産に陥る企業も少なくない。この問題は、その規模の大きさからして日本経済の観点からも無視できない。 この問題の争点としては、銀行の顧客適合性原則違反や説明義務違反などだけでは不十分である。「円安ヘッジ」として販売された当該商品は円安ヘッジ性に乏しく、複数のプット・オプション売りを含む「長期の為替投機商品」である。しかも、オプション売りの利益を銀行が確保したことで、当該商品は「ハイリスク・ローリターン」という経済的に不合理な商品になっており商品内容そのものが問題である。また、銀行の「優越的地位の濫用」の有無も今後裁判などで解明される必要があろう。 銀行による為替デリバティブの積極販売は、金融当局からの『金融再生プログラム』や「業務改善命令」などにより大手銀行経営が強力なプレッシャーを受けた時期と一致している。銀行の収益改善策の多くは成功しなかったが、結果的に中小企業へのデリバティブ販売手数料収入は銀行収益に貢献した。この問題を通じて、リテール投資家保護の在り方も再考が求められている。ADRの運用には中立性や専門性が必要だ。また、中途半端なADRよりも、個別の事情を勘案して公平な裁定ができる裁判の活用が求められており、そのためにも裁判のハードルを下げる努力が必要である。