著者
大木 栄一
雑誌
論叢:玉川大学経営学部紀要
巻号頁・発行日
no.25, pp.15-26, 2016-03-31

大企業勤務者が中小企業へ移動(転職)するためには,現在の勤務先や取引先のネットワークを利用して,移動(転職)先の経営理念・方針や労働時間等の労働条件,能力開発等についての情報を積極的に収集するだけでは十分ではない。移動(転職)者である大企業勤務者が,中小企業と大企業では「経営者との相性を含めた仕事の仕方」が異なっていることを理解しているかどうかが大企業から中小企業へ円滑に移動(転職)し,移動後に成果を上げることができるかどうかの重要なポイントである。 「中小企業での仕事の仕方」を理解するためには,以下のことが重要である。第1に,ボランティア活動を行うことにより小さい組織で活動する経験をすることである。ボランティア組織と中小企業では営利・非営利の違いがあるが小さい組織で働く(活動する)ことには変わりがないからである。第2に,中小企業では「特定」の仕事だけでなく「幅広く」仕事を担当する必要があるため多くの仕事を経験すること,あるいは「営業」の仕事(中小企業との取引など)を経験することにより,中小企業とビジネスを行う機会をもつ,あるいは,増やすことにより,「中小企業での仕事の仕方」を理解することができる。 他方,出向に関しては,大企業勤務者の出向先が必ずしも中小企業でない可能性が高いため,出向経験が「中小企業における仕事の仕方」を理解することに貢献していない。したがって,今後は,中小企業への移動(転職)を見据えたキャリア構築を考え,意識的に,出向先として,中小企業を選択肢の1つに加える必要がある。さらに,公的な職業資格など仕事に関する能力を証明する資格が「中小企業での仕事の仕方」を反映するような形で構築されていない可能性が高いため,今後は,個人の能力開発投資行動に際しては,公的な職業資格の取得だけを行動目標にするのではなく,中小企業の経営者や従業員と議論できるような異業種交流会や社外の研究会・勉強会に参加するような幅の広い能力開発投資行動が必要になってくると考えられる。
著者
島 義夫
雑誌
論叢:玉川大学経営学部紀要
巻号頁・発行日
vol.2012, no.18, pp.15-32, 2012-07-31

大手銀行が中心となって中小企業向けに販売した為替デリバティブの巨額損失に関する紛争が裁判やADR(Alternative Dispute Resolution裁判外紛争処理手続き)に持ち込まれる例が急増している。これらの為替デリバティブ商品は、円安期間に「円安ヘッジ」目的で販売され、2008年リーマンショックを契機とする急激な円高で巨額損失が発生している。現在も、1万社を超す中小企業が、本業の黒字が為替損失で相殺され資金繰りにも困窮している。そして、その含み損により債務超過状態や倒産に陥る企業も少なくない。この問題は、その規模の大きさからして日本経済の観点からも無視できない。 この問題の争点としては、銀行の顧客適合性原則違反や説明義務違反などだけでは不十分である。「円安ヘッジ」として販売された当該商品は円安ヘッジ性に乏しく、複数のプット・オプション売りを含む「長期の為替投機商品」である。しかも、オプション売りの利益を銀行が確保したことで、当該商品は「ハイリスク・ローリターン」という経済的に不合理な商品になっており商品内容そのものが問題である。また、銀行の「優越的地位の濫用」の有無も今後裁判などで解明される必要があろう。 銀行による為替デリバティブの積極販売は、金融当局からの『金融再生プログラム』や「業務改善命令」などにより大手銀行経営が強力なプレッシャーを受けた時期と一致している。銀行の収益改善策の多くは成功しなかったが、結果的に中小企業へのデリバティブ販売手数料収入は銀行収益に貢献した。この問題を通じて、リテール投資家保護の在り方も再考が求められている。ADRの運用には中立性や専門性が必要だ。また、中途半端なADRよりも、個別の事情を勘案して公平な裁定ができる裁判の活用が求められており、そのためにも裁判のハードルを下げる努力が必要である。
著者
芦澤 成光
雑誌
論叢:玉川大学経営学部紀要
巻号頁・発行日
no.26, pp.1-15, 2017-01-31

経営戦略の研究分野では,従来から客観的な分析による研究が中心的位置を占めてきた。その成果には確かに優れたものがある。しかし,独自性を持つ企業の行動を捉えるには,それだけでは十分ではない。独自性を説明するには,その主体となる経営者の認知機能の分析が必要になる。多くの認知プロセスに関する研究成果が出る中で,本稿では経営者の推論プロセスに焦点を当てる研究成果の検討を行っている。特に,アナロジーによる推論とアブダクションの推論の検討を行う三人の論考を検討している。