- 著者
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菊池 浩光
- 出版者
- 北海道大学大学院教育学研究院
- 雑誌
- 北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
- 巻号頁・発行日
- vol.117, pp.83-111, 2012-12-26
人が衝撃的な出来事に遭遇すると心的外傷を生じることがある。心的外傷は,被害者と社会との間に理解が困難な裂け目をつくり出す。1980 年に心的外傷の特徴的な症候群がPTSD と診断されるようになり,心的外傷被害者の認知や救済に大きな役割を果たしてきた。しかし,被害者は医学的な症状だけに苦しんでいるのではなく,社会から正当に理解されず,孤独に追いやられて重い気持ちでひっそりと生きなくてはならないという生きづらさにも苦しんできたのである。
心的外傷が社会に正しく認知されないのは,外傷の伝達の困難性に由来している。それは,伝える側に「語ることの抵抗や困難」があるだけではなく,伝えられる側にも「聴くことの抵抗や困難」といった問題がある。双方の伝達困難な理由を明らかにして,改めて被害者の苦悩を考えたときに,外傷がもたらす「過去の自分との離断」と「社会との離断」という二つの離断が生きづらさの根底にあると考えられる。