- 著者
-
田村 力
- 出版者
- Hokkaido University(北海道大学)
- 巻号頁・発行日
- 1998-03-25
本研究は、北西北太平洋および南極海におけるミンククジラの食性と摂餌量を明らかにするために、採集された胃内容物を解析した。1994年-1996年の夏季、北西北太平洋において採集されたミンククジラ184個体の胃内容物から、カイアシ類1種、オキアミ類4種、頭足類1種および魚類10種の合計16種類が出現した。夏季のミンククジラの主要餌生物は、太平洋側ではオキアミ類、サンマおよびカタクチイワシ、オホーツク海ではツノナシオキアミであった。ミンククジラは索餅海域で資源量の多い生物を利用しており、環境の変化によってその餌生物を柔軟に変化させる広食性を有することが示唆された。摂餌されていたサンマなどの体長組成の経年および地理的な差異は、索餌海域における組成を反映した結果であると考えられた。1989/90年-1995/96年の夏季、南極海IV区において採集されたミンククジラ398個体の胃内容物から、端脚類1種、オキアミ類4種の合計5種類が出現した。夏季のミンククジラの主要餌生物は、プリッツ湾以外の海域ではナンキョクオキアミ、プリッツ湾ではナンキョクオキアミおよびE. crystallorophiasが主要餌生物であり、ミンククジラは索餌海域において資源量の多いオキアミ類を摂餌しているとみなされた。また、摂餌されていたナンキョクオキアミの体長や成熟度組成の経年および地理的な差異は、その海域でのナンキョクオキアミの体長や成熟度を反映した結果であると考えられた。ミンククジラの摂餌活動の日周期性の有無を検討した。北西北太平洋におけるミンククジラの摂餌活動は、主として昼間に表層で行われるが、利用している餌生物の分布状態によって摂餌回数や摂餌量が不規則であることが示唆された。一方、南極海におけるミンククジラの摂餌活動は、主として朝方に多量の餌生物(主としてナンキョクオキアミ)を摂餌するが、要求量が満たされない状況の時はそれ以降に数回の摂餌を行うことが示唆された。胃内容物重量の経時変化から求める直接的方法と、エネルギー要求量から求める間接的方法を用いて、ミンククジラの日間摂餌量を算出した結果、両海域とも体重の4%程度を摂餌していると試算された。最大摂餌量は、北西北太平洋のミンククジラで96.4kg、体重比で2.3%であったのに対し、南極海のミンククジラでは289.0kg、体重比で3.1%を示し、南極海のミンククジラは北西北太平洋のミンククジラに比べて重量で3.0倍、体重比で1.3倍の量を摂餌していた。北西北太平洋およびオホーツク海におけるミンククジラ個体群の年間摂餌量を算出した。北西北太平洋で12.5-19.2万トン(95%信頼区間: 6.1-39.3万トン)、オホーツク海で41.3-59.1万トン(同: 21.5-119.9万トン)と試算され、摂餌量の多さから、ミンククジラが夏季の北西北太平洋およびオホーツク海の生態系において鍵種として機能しているとみなされた。さらに摂餌されていた餌生物はサンマやイワシ類などの有用魚類で、その組成も漁業の対象となっている組成と同じであることから、人間の漁業活動にも影響している可能性が示唆された。南極海におけるミンククジラ個体群の年間摂餌量を算出した。IV区で174-193万トン(同: 105-316万トン)と試算され、IV区周辺のナンキョクオキアミ資源量の15.7-47.4%に相当した。また、南極海全体のミンククジラ個体群の年間摂餌量は1,771-1,965万トン(同: 1,069-3,217万トン)で、南極海に分布する全鳥類のそれに匹敵し、さらに、他のヒゲクジラ類の年間摂餌量の6.8-20.4倍に達すると試算された。この結果は、北西北太平洋やオホーツク海と同様、ミンククジラが夏季の南極海生態系において重要な鍵種として機能しているとみなされた。そのため、ミンククジラと索餌海域や餌生物が重複しているシロナガスクジラ、鰭脚類、海鳥類および魚類などは、餌資源を巡る種間競争において多くの影響を受けていると考えられた。