- 著者
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村川 淳
- 出版者
- 京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
- 雑誌
- コンタクト・ゾーン (ISSN:21885974)
- 巻号頁・発行日
- vol.11, no.2019, pp.32-61, 2019-08-31
本稿は1980年代初頭の南米ペルー、アンデス地域における身分証明書の普及をめぐるせめぎあいを糸口に、近代国家と先住民の関係の変質に考察を加えるものである。事例地となるのは、ティティカカ湖の湿地内で独自の生活体系を築いてきた先住民ロス・ウロスの浮島である。観光の空間として切り取られることも多いティティカカ湖一帯を、国境地域の国家統合の文脈に据えなおすことが本稿の目的となる。周辺地域に本格的な介入を試みた軍事政権期(1968-1980年)、その後の民政移管期の諸展開に、都市近傍の流動的な圏域から接近することによって、現代アンデス地域をこれまでとは違った角度から照らし出す切り口を提示したい。 分析の軸となるのは、出生登録、軍登録という二種の登録制度とそれへの先住民の呼応である。徴兵制にもとづいた強制連行が横行する湖岸地域、そこでの近代国家との交渉を射程に収めつつ、国家管理の強度の空間的偏差とその縁を生き抜いてきた人びとの移動を広域的な視座から位置づけてゆく。軍事政権期における土地への介入(共同体登録、保護区設立)に傾注する既存の研究が見落としてきた人への介入(国民登録)にも光を当て、湿地帯に送り込まれた民籍登録官が作成した出生登録簿と口述資料との相補的な読解から、人びとが外的制度としての身分証明書の取得に踏み切った局面を見定める。