著者
小川 史
出版者
上田女子短期大学
雑誌
紀要 (ISSN:09114238)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.51-62, 2012-01-31

丸山眞男が1946年に発表した論文「超国家主義の論理と心理」では、道徳と権力との関係が問題となっていた。そこで想定されている主体像は、戦後日本の教育が避けて通れない重要な問いを含んでいる。本稿では同論文を検討し、丸山が道徳的に自由な主体のあり方を問うていたことをみる。

言及状況

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(オマケ続④)「優越的地位の乱用+従属的地位での従順」≒「談合的自治」が、現在統一教会との関係をめぐり盛んになされているわけだが、この論文☞https://t.co/bXDC00EZhCを読むと「権力と道徳」の問題、つまり「優越的地位」にある権力と「従属的地位」に課される道徳との関係が気になった。
(オマケ続③)上野英信☞https://t.co/OZ1fXaYyrOを真似て「一人は万民のために万人は一人のために」☞https://t.co/6tudgklRghを唱えているのでもなく、丸山の主体性論☞https://t.co/bXDC00EZhCを「主体性≒民主主義の根性論」(参考☞https://t.co/Fh8EUAWs6h)と誤読しているわけでもないのだが…
(続Ⅴ6⃣)丸山が唱えていた「主体性」(参考☞https://t.co/bXDC00EZhC)を「主体性≒態度表明(精神的態度表明含む)」だと考えると、一般的な「一員」としてわきまえるべき道徳やルールとは異なって、「個人」たる自己(自分)を支える態度表明(内面・表現の自由や価値判断含む)ともいえよう。

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