- 著者
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米地 文夫
- 出版者
- 岩手県立大学総合政策学会
- 雑誌
- 総合政策 = Journal of policy studies (ISSN:13446347)
- 巻号頁・発行日
- vol.17, no.2, pp.177-196, 2016-03
宮沢賢治の短編「シグナルとシグナレス」は、従来、幻想的童話とみられていたが、実は地域の話題を寓話化した大人向けの物語であった。その話題の一つは、私鉄の岩手軽便鉄道(ほぼ現JR 釜石線)を国有化させ、国鉄(現JR)東北本線に繋ぎたいという運動をモデルにし、愛しているが離れて立つシグナレス(岩手軽便鉄道)と本線シグナルとの恋を描いた。第二の寓意は有島武郎と河野信子との恋愛で、有島武郎は新渡戸稲造の姪の信子を愛するが、鉄道の国有化に大きな影響力を持つ父有島武は、産婆の娘信子を身分違いとして結婚に反対し、新渡戸家の郷里花巻の人々の憤激を買ったことを物語化している。第三の寓意はピタゴラス派の諧音の示す天空の妙なる調和である。地上の葛藤や矛盾の多い世界と異なり、天上には美しい和の調べがあり、それが天球の音楽として、恋人たちを感動させるのである。すなわち、天:天球の音楽が示す美しい調和、地:地域社会の軽便鉄道国有化運動、人:有島武郎と河野信子の実らぬ恋、の三つの寓意がこめられた作品である。