著者
的場 いづみ
出版者
活水女子大学
雑誌
活水論文集. 英米文学・英語学編 (ISSN:02888637)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.37-54, 1993-03

《消費》という問題がVladimir Nabokovの小説のなかで最も顕著に現れるのは1955年に出版されたLolitaであろう。周知の通り、『ロリータ』にはおびただしい種類の商品が登場する。それらの商品を直接に消費するのは少女Lolitaだが、それらの商品の購入者もしくは購入資金の提供者は主人公Humbert Humbertである。少女に対する倒錯した愛情にとらわれるハンバートは気まぐれな少女ロリータを自分の手元に止めておくために、商品を購入し続けなければならない。ハンバートは目新しい商品を購入しては、ロリータの関心を引き付けようとする。しかし、一時的には関心を引き付けることができても、気まぐれな少女はすぐさま他の刺激的なものへと関心を移してしまう。そのためにハンバートはまた別の珍奇な商品によってロリータを魅惑し続ける必要に迫られる。それゆえ消費活動は絶え間なく続き、また、商品の多くはその俗悪さが強調され、蕩尽の様相すら帯びる。ヨーロッパ出身の中年男がアメリカの少女の歓心を買うために繰り広げる強迫観念的な消費活動。『ロリータ』が出版される以前にこの小説を読んだある人物はこれを「老いたヨーロッパが若いアメリカをたらしこむ」物語と評したとナボコフは語っている。しかし、ナボコフの小説群をながめれば歴然とすることだが、ナボコフはヨーロッパ社会との対比の上で、消費をアメリカ社会の特質と位置付けているわけではない。『ロリータ』において示される強迫観念的な消費活動は、ヨーロッパを舞台とする初期の小説中にもすでにその萌芽を見つけることが可能である。この論文ではナボコフの第二作目の小説King,Queen,Knave(邦題『キング、クィーンそしてジャック』、1928、英訳1968)とLaughter in the Dark(邦題『マルゴ』、1933、英訳1938)に現れる《消費》という問題を『ロリータ』のそれとともに分析し、執筆年が後の小説になるにつれ、《消費》がどのように変化するかを探る。また、『ロリータ』では消費の特徴として「キッチュ」の問題を挙げるが、この「キッチュ」がナボコフの小説で果たしている役割も考察する。