- 著者
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王 瑋
- 出版者
- 九州大学大学院経済学会
- 雑誌
- 経済論究 (ISSN:04516230)
- 巻号頁・発行日
- no.158, pp.29-46, 2017-07
従来の貧困研究の多くは,所得などの経済的な指標を基準として貧困か否かの認定を行ってきた。しかし,家庭生活を営む時間も所得と同様に有限であり,人々が最低限の生活を営むうえで欠かせない水準が存在していると考えられる。欧米では,生活時間の不足を考慮した時間貧困(Time Poverty)の研究が近年蓄積されているが,日本ではまだわずかである。そのため,本稿では慶應義塾大学の日本家計パネル調査(Japan Household Panel Survey)の個票データ(2011-2014)を使用することで,所得と生活時間の双方の次元に注目した貧困分析を試みる。具体的には,Merz and Rathjen(2014)が提唱したCES型Well-being関数を用いた貧困の推計により,これまで見過ごされてきた「生活時間の不足を原因とする貧困層」や「所得よりも時間(余暇)を選択している非貧困層」の抽出を行う。推定結果によると,分析対象となった回答者(学生,親と同居している者,三世代世帯に属する者を除く)が属する世帯の中で,所得と時間の同時貧困に直面している世帯は全体の1.9%程度であった。しかし,ひとり親世帯は,所得と時間の同時貧困は18%程度の高い割合にのぼっており,単身世帯(女性)も約7%の水準に達している。また,生活時間を労働に配分することで所得貧困の脱出が可能と考えられる世帯は,ひとり親世帯や単身世帯に多く,ひとり親世帯の14.6%,単身世帯(女性)の17.5%にのぼった。逆に所得のみの基準では貧困でなくても,生活時間の不足から貧困と判断される世帯が,全体の約2%存在し,6歳未満の子どもを2人以上持つふたり親世帯の5.5%,単身世帯(女性)の3.7%がそのケースに該当した。従来の所得のみを基準とする貧困の推定とWell-being関数を用いた貧困の推定を比べると,従来の推定では,単身世帯やひとり親世帯の貧困が高めに推計されやすく,夫婦がともにフルタイム就労している世帯や世帯主が中・高卒である世帯の貧困がやや低めに推計されやすいことがわかった。時間の次元を考慮することで,貧困の削減についてより適切な政策アプローチが可能になると考えられる。